第九話 焚き火の夜に

 街を出てから三日目、目的地に近づくほど強い魔物が出るようになってきたが、しかし三人の戦いは順調だった。


 まずアンの二刀流だ。前衛としての火力は抜群で、特に複数が相手のときの威力はすさまじかった。アンは軽やかに回転しながら二本の剣を振り、次々と魔物を斬り刻んでいった。


 さらに、エナの魔法も期待以上の働きを見せた。前衛の動きに併せてタイミングよく攻撃魔法や補助魔法を放ち、負傷した時もすぐに回復魔法が飛んでくるので、安心して戦うことができた。


 リーサンは、久々にパーティを組んで冒険する楽しさを味わっていた。むしろアンとエナだけで十分強いので、リーサンはほとんどまともに戦っていない。


 もしかしたら姉妹には、あまり戦えない男だと思われてるかも……。


 鬱蒼うっそうとした森の中を進んでいくと、急に視界が開けた。樹木がなく土がむき出しになっていて、一晩キャンプをするにはもってこいの場所だ。森の中にいると分からなかったが、空は群青ぐんじょう色に変わり始めていて、いくつもの星が輝いていた。


「ねえリーサン、すぐ近くに湖があるわ」


 勝手に先へ進んでいたアンが茂みの中から現れて言った。アンが出てきた先を見ると、樹々の間から湖が見える。


「その湖から川沿いに西へいくと目的地の遺跡に着くはずだ。今夜はここで休もう、明日が本番だ」


 エナが周囲に結界をはっている間、リーサンとアンは火を起こし、荷物から食料を取り出して夕食を作った。準備ができると、三人は焚き火で体を温めながら、干し肉やパンを食べてスープを飲んだ。


 リーサンは旅の夜に焚き火を囲むのが好きだった。星空の下、パチパチとぜる焚き火の音を聞きながら明日の冒険に期待を膨らませる。疲労のせいで会話こそ多くはないが、仲間たちのお互いを思いやる心が感じられる。そんな時間が好きだった。


 ライデンから聞いた話を二人に伝えておこうとリーサンが口を開いた。


「二人とも、白金プラチナダンジョンのことは知っているね?」


 アンとエナは静かに頷いた。


「十年以上前に初めて発見された特殊なダンジョンなんだけど、その後、似たようなダンジョンは見つからなかったんだ。だから世界にひとつしかないという人もいた。でも……明日潜るダンジョンは記念すべき二つ目だ」


「普通のダンジョンと何が違うのかしら?」


 エナが尋ねる。


「支部長の話によると大きく三つの違いがあるらしい。一つ目は、ダンジョンの中は閉鎖空間ではなく開放した世界だということ。二つ目は、中にいる魔物が桁違いに強いこと。三つ目は、意思疎通ができる精霊がいること。この三つが大きな特徴だそうだ。もっとも今回のダンジョンが同じとは限らないんだけど……」


 エナは不思議ねとつぶやいて微笑んだ。アンは好奇心で目を輝かせていた。


「今回はこの三つの特徴について可能な範囲で調査せよとのことだ。いずれにしても、まずは実際に潜ってからだな」


 リーサンは一旦この話を打ち切った。


「それはそうとエナ、さっきから手に持っているその紙はなに?」


「これは、リンカさんがくれたんです。湖に着いたら読むようにって」


「何が書いてあるの? あ、プライベートなことだったら言わなくていいよ」


「その……湖に着いたら死者の魂をしずめる為のお祈りをしてほしい、そう書いてます。誰かそこで亡くなった方がいらっしゃったのかもしれませんね」


「私、少しお祈りしてきますね。すぐに戻ってきますので」


「ああ、気をつけて」


 エナはランタンと短剣を持つと、茂みの中へ消えていった。


 エナが行ったのを見届けてからしばらくして、リーサンはアンの背中に話しかけた。アンは少し離れた所でしゃがんで片付けをしていた。


「アン、おまえのお姉さんはすごい美人だな」


 アンは不思議そうな顔で振り向くと、そばまで近寄ってきて尋ねた。


「ねえ私は? 私はお姉ちゃんと比べてどんな?」


 座っているリーサンの膝に体重を乗せて、アンは返答を期待した。


「おまえもこんなに可愛いんだ。すぐに同じくらい美人になるさ」


 アンの顔についていた汚れをぬぐってやり、そのまま軽く頬をつまみながら答えると、アンはしばらくの間うれしそうに照れていた。


「二人とも、何をしてるのかしら?」


 茂みの奥から戻ってきたエナは、少しあきれた顔で微笑んだ。


「あなたはなぜ、ほっぺをつままれながらクネクネしてるの?」


 そう言いながらアンの背後にまわり両腕で抱きしめると、妹の頬に自分の頬をあてた。


「ああ、あったかい……」


 リーサンはしばらくの間、この微笑ましい姉妹の様子を眺めていた。


 お祈りをした後だからだろうか、エナの瞳にはセミトランスの青い光がわずかに残っていた。




第九話 焚き火の夜に ――完

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