第六話 姉妹の生い立ち
休暇最終日の夜、いつもなら大食堂で食事をとるリーサンだが、今夜は教会の
この夫婦は教会に暮らす身寄りのない子供たちにとって、いわば育ての親のような存在である。神父に寄りかかって今日あった出来事を話すアンや、慣れた手つきでメアリの食卓の準備を手伝うエナの様子は、まるで本当の家族のように見えた。
食事が終わると、リーサンはミト神父に誘われてテラスに出た。春の夜の暖かく湿った空気の中、向かいに見える宿舎の屋根の上には、輪郭のぼやけた月がのぼっていた。
ミト神父はテラスのテーブルの上にランタンを置いて手をかざした。魔法で火が
「ログライトのランタンですね」
ログライト鉱石は大きなエネルギーを含有しており、もはや生活には欠かせないものとなっている。魔法の触媒に用いられたり、魔術道具のエネルギーとして利用されるなど、幅広く活用されている。
「ログライト鉱石が初めて発見されてからまだ二十年……ずいぶん世界は変わりました」
ミト神父がしみじみと言った。リーサンにとっては、二十年前というとかなり昔のことの様に思えるが、ミト神父の年齢からすると、まだ最近のことのように感じられるのかもしれない。
「紅茶をお持ちしました」
エナがトレーにティーカップを乗せてテラスに出てきた。部屋の中を見ると、暖炉の前でウトウトしているアンにメアリが毛布を掛けていた。
「眠れなくなるといけませんので、お酒を少しだけ入れてます」
テーブルに置かれたカップを手に取り、リーサンと神父はエナに礼を言った。エナは自分のカップを持って、少し離れたところのベンチへ腰掛けた。
「二人が……エナとアンがここへ来た時のことを、あなたにお話ししておきましょう」
神父は紅茶を一口飲んで口を潤すと、やがて静かに語り始めた。
「十七年前、とある商人グループがこの街にやってきました。彼らは来る途中、森の中で二人の幼い子どもを見つけたんですが、その近くには人里が無く不思議に思ったそうです。しかし放っておくと魔物に喰われてしまうということで、この街までその二人を連れて来ました」
神父はリーサンの目をじっと見て、そして紅茶を一口飲むと、また話を続けた。
「その二人の子どもがエナとアンです。今夜のようによく晴れた春の夜でした。教会に連れてこられたアンはまだ三歳ぐらいで、生まれたばかりのエナを大切そうに抱いていました」
え、ちょっと待て……十七年前の……三歳のアン? 一体どう言うことだ?
「神父さんすみません。状況がよく理解できないのですが……」
エナがティーカップを両手で包み、こちらの方を心配そうに見つめている。
「そうですね、先に言っておきましょう。アンは……なぜか成長する速度が遅いのです。心身ともにです。あれから十七年たった今も、まだ十歳ちょっとにしか見えません」
「……エルフの血ですか?」
「私たちもそのように考えました。耳こそ尖ってはいませんが、アンはまるでエルフの少女のように美しいですから」
「それで……つまり本当はアンが姉で、エナが妹だったということですか?」
リーサンはこの姉妹の不思議な生い立ちを聞いて、なぜか胸が締めつけられるような切ない気持ちになった。
「いいえ、二人は血のつながった姉妹ではないでしょう」
神父ははっきりと言い切った。
エナは
「エナが
「私はアンにどこから来たのかを尋ねました。まだ幼いアンは、自分の名前はアンといい、海の近くでこの赤ん坊を見つけた、そのようなことを言いました。しかし……それ以外のことはよく分からないようでした」
なんとも不思議な話である。リーサンは大きく息を吐くとエナの方を
「アンがつけているイヤリングはご存知ですな?」
「はい、綺麗なピンクの石の……」
「そうです。あのイヤリングはアンがここに来た時からつけていました。ギルドの鑑定によると、あの石はログライトらしいのです」
リーサンはまた驚いた。なぜなら、ログライト鉱石は大きなエネルギーを含有しているため、装飾用の細かい加工が出来ないはずだからだ。でもアンのイヤリングの石は、多面体にカットされていた。
「その特殊なログライトが、アンの身体になんらかの影響を与えている。ギルドの研究部門はそのように考えており、今も研究を進めています。リーサン……あなたは今回、ギルドの特命を
「はい、詳細は明日、ライデン支部長から話があるそうですが」
「どのような事情があろうと、私たち夫婦にとってアンは大切な……天使のような存在です。ですので、もしアンに関する様々な謎が解明されるのであれば、その方が良いと考えています」
最後にミト神父は立ち上がり、深々と頭を下げながら言った。
「明日からどうか、エナとアンのことをよろしくお願いします」
第六話 姉妹の生い立ち ――完
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