第四話 プチデート

 休暇が始まってから三日目の昼下がり、教会での生活にも慣れてきたリーサンは、敷地内にある宿舎の前の広場をぶらぶらと散歩していた。


「ねえリーサン、何してるの?」

 

 声がした方を見上げると、アンが宿舎の二階の窓からひょっこりと顔を出していた。

 

「やあアン、食後の散歩だよ」

 

 そう答えると、アンはふーんと言って頬杖をつき、そのまま黙ってリーサンを見ていた。今日のアンは、クリーム色の髪を頭の片方の高い位置で束ねて、ピンクのリボンを結んでいる。とてもかわいい。


「アン、暇ならこれから一緒に街に出て、何か甘いものでも食べに行かないか?」


 暇を持て余していたのはリーサンの方だった。旅の疲れはすでに回復していたし、せっかくの休暇なのに、教会の敷地内を散歩してるだけというのはもったいない。そう思って気まぐれにアンを誘ってみたのだった。


 ついでに街を案内してもらいつつ、出店で甘いものでも食べさせてやればアンも喜ぶだろう。そんなことを考えていた。


 アンは返事もせずに窓から顔を引っ込めた。部屋の中をドタドタと走り、バタンとドアを閉める音が聞こえたので、すぐに降りてくるだろう。


 さあて、今日はかわいい妹とのプチデートだ。


 年齢的には妹というと少し歳が離れすぎている感じもするが、リーサンは気にせずに、甘ったるい妄想をしながらアンを待った。


 予想通りアンはすぐに宿舎から出てきた。軽くスキップをしながらこっちへ向かって来る。


 そしてアンはリーサンの前まで来ると、ハイッ、と言って一振りの剣を差し出した。訓練用にやいばをなまらせた片手剣だ。

 

「何……かな? これは」

 

「暇なら剣術のご指導をして欲しいの」


「あ、うん、暇ですみませ……え? アンは剣が扱えるのかい?」


 その可愛らしい見た目からはつい忘れてしまうが、アンはギルドのシーカーだ。しかも支部長直属の。なんらかの武器を扱えて当然と言えば当然である。でもやはり、目の前にいるこの小さな女の子が剣を振るう姿は、なかなかイメージが出来なかった。


 しかし指導を始めるとそんな考えは一気に吹っ飛んだ。アンは驚くほど強かった。


「遠慮はしなくていい、思いっきり打ち込んでおいで」


 そう言った途端、ふわっと空気が動いたかと思うと、気がつけばアンの顔が目の前にあった。もう少しで額を割られる寸前で、アンの上段斬りをなんとか自分の剣で受け止めていた。


 回転しながら繰り出す中段から下段への連続なぎ払いや、そこからさらに剣を逆手に持ち替えながらの斬り上げなど、まるで踊るように攻撃してくる。


「やるじゃないか、アン、予想以上だよ!」


 防御に至ってはさらにすごかった。なんとリーサンの攻撃を剣で受けることなく、全てかわすという異常な身のこなしを見せた。リーサンは自分が全力を出してないことを差し引いても、これには驚きを隠せなかった。

 

 何回も手合わせをしたあと、二人はベンチに腰掛けて休憩した。


「リーサンはとても強いのね。でもいつも使う武器は、両手剣とか太刀なんだよね」


「まあそうだね。アンは片手剣が得意なんだな。でも、なんだろう……少しだけ動きに違和感を感じたよ」


「わたし、いつもは二刀流なの」


 アンは同じ年頃の女子が絶対言わないようなセリフをさらっと言った。


「ああ……なるほどね」


 こうして妹との甘いプチデート計画は予想外の結末となった。リーサンは小さくため息をつきながらつぶやいた。世界って広いなぁ。春だなぁ。


「ねえリーサン」


 アンがリーサンの顔を覗きこみながら話しかけてきた。左耳のイヤリングが小さく揺れて、キラキラと光を反射している。


「少し疲れたね」


「いや、俺はそうでもないけど……」


「疲れたときには、甘いもの食べるといいんだよ」


「……」


「神父さまが言ってたんだー」


 リーサンはアンの横顔を盗み見ると、口元を隠してクスッと笑った。


「よし、ちょっとだけ街を散歩しにいこうか!」


「うんっ」


 夕暮れの薄桃色に染まりはじめた賑やかな街へ、二人は足取り軽やかに飛び出していった。




第四話 プチデート ――完

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