第3話 終の日
初出は~なろうにて2015年5月。
文字数1400字程度。
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私は本当は、こんな生活は望んでいなかった。
東北の田舎暮らし。職業は農業。親の跡を継いだものだ。
中学の頃は成績も良く、進路指導の先生に高校への進学を勧められたりもしたのだが、私には兄弟が三人おり、家計が苦しいという理由から、進学は断念せざるを得なかった。終戦から十五年程しか経っていない頃の話だ。実際あの頃は中卒で働きに出す家も多かった。
私は弟や妹を食べさせていく為に、家から十五キロ程離れた町工場まで自転車で通った。それは結局四十五年間続いた。途中自転車は車へと変わり、弟妹は私の稼ぎもあり、高校へ進学・就職、そして結婚をして家を出て行った。
若い人が人生の不公平を語る事があるが、それは年老いても同じだ。
私は中卒で働きに出ても、ずっと勉強がしたかった。色々な事を学びたかった。色々な事を知りたかった。
私の稼ぎで高校に行く弟妹を嫉妬した。長男としての諦めと、色々な事を学びたいという気持ちが、いつも私の中で揺れていた。
しかし工場での仕事は厳しく、当時の私は家に帰り読書する気力もなかった。学びの時期を逃したのだ。
一九七〇年代に入り、学の無い私は学の無い妻とお見合い結婚をした。その頃には我が家にも少し余裕が出て来て、私は昔読みたかった本などを買い漁り、自分の知的探究心を少し満足させる事が出来るようになった。
その後子供も生まれ、学校に上がり、自分には到底叶わなかった大学へも行かせる事が出来た。そして都会での就職・結婚と、子供達は私の手を離れた。
私の親も5年前に父が他界した事で、両親共今はもうこの世にはいない。
十年前に工場を定年退職し、農家を継ぎ、子供も出て行き、親も死んでいない。
今この家には私と妻の二人だけだ。
妻はとにかく話すのが好きな女だった。そして自分は不幸で、世間は自分を馬鹿にしていると思っている女だった。世の中をやっかみ、近所の人の陰口を良く言い、皆が自分の悪口を言っていると思っている女だった。
多分それは学の無さから来るものだろうと私は思っていた。
私は学の無い者が、学の無さをさらけ出すよな言動はみっともないと思っていたし、学が無く見られるのを恐れていた。子供の頃のトラウマなのか、常識人に見られたかった。
そういう点で妻は真逆だった。私からすると妻は、学の無さをさらけ出す様な普段の言動が多かった。
結婚して四十五年。老後を経験して、今気懸かりなのは妻の事だけだ。私が死んだ後、無知無学な妻が生きて行けるのか? 一人で世間と上手くやって行けるのか? いや寧ろこんな下品な妻を残して死んで良いのか?
今日私は、昼食に農薬を混ぜて、妻と心中しようと思っている。
私は大好きなベートーベンのピアノ・ソナタ第14番 <月光>のCDをかけた。
体がシャキッとし、精神統一出来る。
ビニール袋に入れた農薬を手に持ち、私は炊飯器の側へと向かう。
世の中で、一番私を馬鹿にしているのは夫だ。
今日も朝食の時怒られた。人の悪口をいうな! 人に馬鹿にされたと思って騒ぐな! ベラベラ長話するな!
つまらない男だ。
結婚して四十五年間。結局、義父母の前でも息子の前でも、夫が一番私を馬鹿にして、恥ずかしい思いをさせて来たのだ。自分だって中卒の癖に。私が苦手なクラッシックも好きでもない癖に、頭良さそうに見せようと思って毎日かけている。
まったく、もう直ぐ七十になるのよ。
残りの人生もあと僅か。
最後くらいは締め付けられず自由に生きたい。
「お昼の準備しなくちゃ」
そういうと妻は、農薬の壜を手に、台所へと向かった。
おわり
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