第5話 魔法の粉

 私は若くて可愛らしい女の先生には縁がないらしい。人生で初めての「担任の先生」は、幼稚園の先生であるが、当時、幼稚園で、たった一人いたおばちゃん先生が、私の担任だった。痩せぎすで、顔色が悪く、陰気な感じのY先生は、母親達からの評判が悪かった。

 幼稚園では、小さい頃から遊んでいた近所の友達と一緒のクラスだった。今のように送迎バスがなく、私鉄の駅まで母親達に送ってもらい、友達同士で、決められた時間の電車の一両目に乗る。その電車には通勤してくる幼稚園の先生(多分一人か二人)が乗っていて、次の駅で先生と降りる。帰りは幼稚園の先生が一緒に電車に乗り、駅では母親達が待っている。今から思えば、よくもまあ、事故もなく、毎日、無事に通園していたものだと思う。

 担任の先生は、陰気なおばちゃんで、毎日の駅までの送り迎え、毎日ではないが、弁当も作らねばならず、母親は大変だったと、後々までこぼしていた。

 私は、先生がおばちゃんであることや、電車に乗っての通園が苦痛になることはなかったが、一つ悩まされたのは、おやつの日があり、牛乳がだされることだった。なぜだかわからないが、気がつくと牛乳が嫌いになっていたからだ。

 入園して、初めてのおやつの日、私は牛乳瓶を見てしくしく泣いた。

「どうしたの?」

Y先生は優しく声をかけてくれた。私はひたすら泣く。

「牛乳、飲めないの?」

答えずに泣き続ける私を、Y先生は職員室に連れて行った。

「ほうら、こうしたら飲めるから。」

Y先生は牛乳瓶をあけて、カップに牛乳をそそぎ、そこへインスタントコーヒーと砂糖を入れてくれた。

 その後、私はかなりの間、牛乳をコーヒー牛乳にしてもらっていた。インスタントコーヒーをひとさじいれたからといって、牛乳がとびきり美味しくなったとは思えない。が、当時の私にとっては、魔法の粉だったわけだ。

 ふとしたはずみで、私はこのことをうっかりと母親に話してしまった。カンカンに怒った母親に、牛乳を飲む練習をさせられた。その後、何とか牛乳を飲むことができるようになり、小学校の給食はなんとか耐えたが、中学生になり、弁当になった時は心底ほっとした。

 私はどうも、牛乳があわない体質らしく、現在は豆乳を飲んでいる。胃が弱いので、インスタントコーヒーは滅多に飲まないが、今でも、Y先生がいれてくれたのは、魔法の粉だ。おそらく、Y先生はもうお亡くなりになっているだろうが、その後、小学校に入って、超個性的な先生に遭遇してしまった私にとって、Y先生は、色んな意味で恩人である。

 

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