第2話 給食

 私は田舎育ちである。私が通っていた小学校は、田んぼの真ん中にあった。校歌の歌詞に、

「豊かに実る千町田の瑞穂の波の中に立つこの麗しき学び舎のいや栄ゆく」

とあったが、先生も子供ものんびりしていたように思う。私が中学年の時の担任のおばちゃん先生は、好き嫌いが多かった。給食が食べられないので、子供達の前で、自分は家から持ってきた弁当を食べるのである。弁当といっても、朝の忙しい時間に前日の残り物を詰める質素なもので、先生の弁当をうらやましがって、欲しがる者など一人もいなかった。先生は、給食のおかずによっては白ご飯だけ持ってくる。

「先生、今日は、おかずだけ食べるのか?」

と、給食当番が先生に聞いてやる。

「うん、今日は頑張る。」

「そうか、頑張り。」

給食当番は、そう言って、先生の前に、おかずを少し入れた食器を置いてやるのだ。まったく、これでは、どちらが大人かわからない。先生がこの有様なので、子供に示しがつくわけがない。当然、クラス全員が、好きな物は食べるが、嫌いな物を堂々と残すのが当たり前になった。子供としては、非常に居心地がよかった。

 この先生は、何事もいい加減だったので、そのうち問題視されるようになった。幸い、それは、給食のことではなく、学習面のほうだった。ある時から、毎日ではないが、別の先生方が授業にあらわれるようになった。中でも皆が音を上げたのが体育の授業だ。気合いのはいったおじさんの先生で、とにかく走らされた。先生にとっては都合のいいことに、そして子供達にとっては不幸なことに、田舎なので、農道がたくさんある。普通の道路と違って、車にひかれる心配はないし、田畑で農作業をしている地域住民がたくさんいるので、まず、不審者に子供を誘拐されることはない。ほとんど遊びの延長だった体育の授業がスポ根ドラマと化してしまった。ただ、この授業のおかげで、みな、お腹がすいて、その日は比較的に給食を食べたように思う。

 ぬるま湯のような歳月は長くは続かなかった。高学年になると、当然のようにクラス替えがあり、担任もかわる。今度は気合いのはいったおばちゃん先生だった。給食は絶対に残してはならぬ、ならぬものはならぬ、という命令が出た。子供達は反発したが、さすがは高学年である。先生にわからぬように他の人に食べてもらう者が続出した。体格のいい男子は、食べても食べても足りないようで、私をふくむ困っている多くの女子が助けてもらった。一人、要領の悪い男の子がいた。Y君は、好き嫌いが多く、色が白く痩せていた。見るからに弱々しいY君は先生の標的になった。彼は昼休み中、外に出してもらえず、泣きながら給食を食べていた。その姿を見るにたえず、他のみんなは、好き嫌いに関係なく外でドッチボールをしていたが、気が晴れなかった。

 あるとき、私は信頼のできる男子に提案をした。

「先生は、あんなにY君に給食を食べろと言うんだから、自分も残さず食べないとだめだよね?」

私達は、先生の給食のおかずを食器からあふれる寸前まで盛り付けた。特にみんなが嫌いな豚肉の脂身はたっぷり入れてやった。ところが、先生は、顔色一つ変えずたいらげてしまう。見ている私達のほうが気分が悪くなり、そのうち給食の山盛り作戦は立ち消えになった。

 あの時、あきらかに、Y君はいじめにあっていた。あの先生がしていたことは、教師として、人として、最低のことだった。なのに、私達は見て見ぬふりをしてしまった。今、考えるといじめの片棒をかついでしまったことになる。Y君の親に知らせる、あるいは、他の先生に相談するなど、何か子供でもできたことがあったはずだ。今でも忘れられない、いや忘れてはいけない苦い記憶である。

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