3.魔王って、なに?
私達はロマンコフさんに案内されて、謁見の間? ってところに連れてこられた。
そこは私の街の神殿みたいな場所だった。
すっごく豪華な内装で、大きな階段の上にたった一つだけ存在する椅子。その椅子に座っているお爺ちゃんが多分、この国で一番偉い人──王様なんだ。
「よくぞ来られた、勇者どの」
みんな、王様に向けて祈るように座っている。
勇者の三人もそれを見習っているけれど、私は足が不自由(という設定)だから、一番楽な姿勢で座ることを許してもらえた。
「余がラットベルン王国国王、テルエット・フェル・ラットベルンである。急にこのような場所に連れてこられて困惑しているだろうが、どうか楽にしてほしい」
長い、覚えられない、面倒。
もうこの王様は、『王様』でいいや。
「勇者は異世界より召喚されると聞いたが、そこの娘は……」
王様の視線が、私に向けられる。
他の三人が同じ格好をしているのに、私だけ違う格好だから疑われているのかな?
そう思っていたら、ロマンコフさんが王様にそっと耳打ちしていた。
「…………ふむ、そういうこともあり得る、か……まぁいい。召喚されたということは、彼女にも勇者の素質があったのだろう。余は勇者殿ら四人を客人として迎え入れよう」
可能なら、受け入れるんじゃなくて、私が元いた場所に戻してほしい。
勇者なんて知らないし、そんなものになった覚えはないもん。多分間違いで召喚されちゃっただけだと思うから、さっさと私をみんなのところに帰して…………って言ったら怒られるよね。
最悪追い出されそう。
そうなったら困るし、ここは大人しくしたほうがいいよね。
「では早速だが、勇者殿らには魔王討伐をしてもらいたい」
挙手する。
「…………質問、いい?」
「よい。なんだ?」
「魔王って、なに?」
ずっと気になっていたこと。
ここの大人達は当たり前のように言っているけれど、そもそも私は魔王ってものを知らない。
「魔王は我々人間の敵だ」
「…………どうして?」
「全ての魔物を従える存在だからだ。もし魔王が復活すれば、魔物と人間の全面的な戦争が起こるだろう」
魔物を従える人が、魔王?
どうして、それが魔物と人間の戦争になるのかな。
魔物と人の関係性は知っている。でも、魔王が復活したからって何が変わるんだろう?
「魔物は知性を持たない。だが、魔王という統率者が現れることで、本来纏まらないはずの魔物が統制を保つようになる。それだけではなく、魔王という存在自体が災厄の象徴であり、その力は強大だ」
魔物を従えることで、魔物が纏まるようになるってこと?
それって私の街みたい。
……でも、ちょっとだけ違うかな。
私は、私がただ静かに眠れる場所が欲しかった。
そしたらいつの間にか魔物達が集まっていて、街が出来ていた。私の力じゃなくて、みんなが頑張って仲良くなろうって思ってくれたから、今の街があるんだ。
──人間と戦争したいから集まったわけじゃない。
魔王って人と私は似ているけれど、目的が全然違う。
一度会ってみたい気持ちはある。でも、そのせいで私の大切な眷属達が変な影響を受けたら嫌だから、なるべく魔王って人とは関わらないようにしたいな。
「でも、どうして勇者……? 人間じゃ、ダメなの?」
「さっきも言った通り魔王の力は強大で、並の人間では太刀打ち出来ない。……悔しいが、我らだけでは魔王に敵わないのだ」
自分達じゃ倒せないから他を頼る、ってこと?
話を聞いている感じだと、魔王はすごく強いんだよね。それと戦うのは危険なのに、自分達は最初から諦めて、死にたくないからって他人を死地に向かわせるの?
それって、ズルいことだと思う。
ここには沢山の騎士さんがいる。
みんな大人だ。この人達なりに今まで鍛えてきたんだと思う。
でも、戦うのは勇者。
ハヤトもミカもユウナも、戦い慣れているようには見えない。
身なりは変だけど、その服には汚れが全然見えない。ハヤトの背中は男の子って感じがしたけれど、ゴールドさんやミルドさんみたいにガッシリしてなかった。
魔王を討伐するには勇者が必要だ、ってみんな言うけれど……むしろ、この三人は何かと戦ったことがないんじゃないかな。
…………ミカとユウナは震えてる。
きっと、自分達が魔王って人と戦うんだと分かって、怖くなったんだと思う。
大人達ができないことを、子供に押し付ける。
それって可哀想だよ……。
でも、驚きはそれだけで終わらなかった。
「勇者殿らにはこれから一年、この城で力を鍛えてもらう。その後は魔王討伐のため、旅に出てもらいたい」
「ちょ、ちょっと待ってください! 一年、たった一年ですか!?」
王様から放たれた衝撃の言葉に、ハヤトが声を荒げた。
「貴殿らには最高峰の師を用意した。剣術や魔法、様々なことを学べるようにこちらも最大限の支援を行うつもりだ。必要なものがあればすぐに手配する。他国も勇者のためとあらば協力を惜しまないだろう」
「……仮に、魔王を討伐できたとして……僕達は、帰れるんですか? 元の世界に帰してもらえるんですか?」
「それは…………」
薄々気付いていたけれど、ハヤト達はこの世界の人じゃないのかな。
この世界のことを何も知らないみたいだし、異世界とか元の世界とか、意味が分からないことを言っている。三人の名前もあまり聞かない名前だし、服だって……やっぱり変な格好だ。
ということは、ここは違う世界なの?
私の街は?
クロは、みんなは?
もう、会えないの……?
契約で繋がれた糸を辿って、みんなの存在を確かめる。
…………確認、できた。今はすごく遠い場所にいるけれど、二度と会えないような距離じゃない。この世界はちゃんと、私が生きてきた世界なんだ。
それが分かって、すごくホッとした。
もしここが私のいた世界と違う世界なんだってなったら、きっと私は──自分を保つことができなくなっていただろうから。
でも余計に、私がここに呼ばれた理由が分からなくなった。
みんなの話を聞いている限りだと、勇者は異世界から召喚されるんだよね?
なのに私は違う。私だけが他の勇者とは違うんだ。
「それは、分からない……。我々は女神様の神託によって魔王復活の兆しを悟り、過去の文献の通りに勇者召喚を行ったまで。その後のことは女神様のご意志に従う他ない」
つまり、『自分達はやることやったし、後のことは知らない』ってことだよね。
それってすごく無責任なことだと思う。
私はまだ帰れる場所があるけれど、この三人は世界が違う。
帰り道が約束されていないのに、どうして無関係だったこの世界の人のために命がけで戦わなきゃいけないの?
帰れるかどうかは、女神が決めるの?
それはほぼ、人間の手では無理と言っているようなものだよね。
「そ、んな……」
ハヤトは全身から力が抜けたように、床に手をついた。
ミカ達は抱き合って泣いている。
「酷いことを言っているのは重々承知だ。しかし、もう我らも後戻りはできない」
そんな三人を見ても尚、王様は言葉を続ける。
「勇者どの、どうか……我らを、この世界を救ってほしい」
この人達にも命が掛かっている。
何を犠牲にしてもいい。何を支払ってもいい。
そう思えるような必死の懇願だった。
それは王様だけじゃない。
ロマンコフさんも、私達を召喚した魔法使いっぽい人達も、周りに控える騎士達も。みんな綺麗に頭を下げて、たった四人の勇者にお願いしていた。
それをぐるりと見渡す。
みんな、私達の返答を待っているみたい。
だから私は一言、
「やだ」
そう言ってやったんだ。
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