2.勇者の三人


「国王がお待ちです。魔王討伐の説明もそこで行いますので移動を……こちらです」


 そう言って髭さん、もといロマンコフさんは背を向けて歩き出した。

 私以外の勇者? の三人も困惑していたけれど、おとなしく従うつもりなのかゆっくりと立ち上がって、その背中を追いかける。


 これは私も行ったほうがいいんだよね?


「…………ん……シュ、リ……」


 両手を伸ばして待機するけれど、いつまだ経っても私の体を抱っこしてくれる存在は現れなかった。

 ここには私の眷属が誰一人もいない。面倒を見てくれるママシュリも他のフェンリルも、みんな……いないんだ。


 頭では分かっているのに、体はどうしてもいつも通りのことをしちゃう。


 クロ達が迎えに来てくれるまで、私はずっと一人で動かなきゃいけないのかな? そう思うと憂鬱。早く帰りたいなぁ……。


「…………あう……」


 仕方ないと諦めて立ち上がる。

 そして一歩前に足を踏み出した時、私は前のめりに倒れた。


 本当に全然動かなかったせいで、いざ動こうとしても足が上手く動いてくれないんだ。そのせいで転んじゃった。

 …………ああ、もうなんか……起き上がるのも面倒になってきた。


「君、大丈夫か?」


 地面にうつ伏せになって倒れる私に、声が掛かる。

 それは勇者の男の子の声だった。


「歩けないの?」

「…………ん」


 頷く。


「足が不自由……とか?」

「……ぅん?」


 足が不自由な訳じゃない。

 一度頷いた勢いで、また適当に頷いちゃっただけ……。


 すぐに訂正しようと口を開いた私だったけれど、それより早く、男の子は私に背中を向けて座り込んだんだ。


「おぶってあげるよ」

「え、でも……」

「遠慮しないで。おばさんの介護とかでよくやってたからさ。……さぁ」


 おばさんの介護……まぁ確かにこの男の子と私の歳は、それと比較にならないくらい離れているけれど……お婆ちゃんかぁ。

 それと同じ扱いをされているみたいで、ちょっとだけ複雑。

 でも折角、楽できるチャンス──ケフンケフンッ。折角のご厚意なんだから、甘えてしまおう。


「ん、ありがと……」


 お礼を言ってから、男の子の背中によじ登る。

 シュリほど安心できないし、フェンリルほど気持ち良くないけれど、それなりに鍛えている男性の背中だ。安定感だけはある。


「俺は結城ゆうき颯斗はやと。颯斗って呼んでくれ。……君は?」

「…………レア」


 レアは、もちろん偽名。


 人間と出会っちゃった時の心得、その2。

 ──本名は隠すべし。


 パパから教わった、心得。


 ちなみに心得その1は『吸血鬼であることを隠す』だ。


「レアか。可愛い名前だ。これから色々と大変かもしれないけれど、一緒の境遇になったんだ。仲良くしてくれると嬉しいな。……彼女達も、君のことが気になっているみたいだし」


 そう言われて前を見ると、ハヤトの知り合いっぽい女の子二人が、こっちをチラチラと見てきていた。


「……ん、私も……仲良くしたい」


 人間の大人達は全く信用できないけれど、この子達は私と同じように巻き込まれただけだ。

 男の子は私に優しくしてくれたし、女の子達も悪い人じゃなさそう。……だから、どうせ一緒に行動することになるなら仲良くしたいな。


 そう言った途端に女の子達は顔を明るくさせて、私のところに近寄ってきた。


「私は美香よ。朝比奈あさひな美香みか。よろしく、レア」

「わ、私は……祐奈。天城あまぎ祐奈ゆうな、です……よろしくね、レアちゃん」

「ん……ミカに、ユウナ。……よろしく」


 手を伸ばして、握手する。

 二人して割れ物を扱うように恐る恐る手を握ってくるから、少し面白かった。私は誰よりも頑丈なのに、変なの……。


「レアって本当に可愛いわね」

「うんうん! まるで、お姫様みたい……」


 お姫様……?

 ロームも私のことを『姫様』って呼ぶし、そう見えるのかな?


 でも私は何一つそれっぽいことをしていないし……不思議だ。


「ねぇねぇ、レアは人間……じゃないわよね?」

「ん、エルフ。ちょっと特殊なエルフって、パパが言ってた」


 吸血鬼とエルフは、見た目だけならほぼ同じ。

 両者の違いは目と髪の色、エルフの方が耳が尖っていること……くらい?


 だからちょっと特殊なんだって言えば、大体の人は勝手に納得してくれるんだって。


「エルフか……やっぱり、ここは……」

「ああ、俺達のいた世界とは違うみたいだな。全く、まさかファンタジーの世界に来るなんて……フィクションの話だと思っていたのになぁ」


 俺達のいた世界とは違う。

 ファンタジーの世界。フィクションの話?


 ハヤトは何を言っているんだろう?

 ミカもユウナも同意するように頷いているし、周りの人間達もその言葉に不信感を覚えていないみたい。……分かっていないのは私だけ、なのかな?


 こういうことも、教えてもらえるのかな?


 うーん、やっぱり……面倒くさいなぁ。

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