エピローグ 一件落ちゃ……く?
魔物が多く集まる広場は、今日は一段と賑わっていた。
その中心にいるのは、私。
周りには沢山の鍋があって、中には美味しそうなシチューが入っている。
「今日も、ありがとね」
私は今、みんなにシチューを配っている。
前回は中途半端なところで邪魔が入っちゃったし、吸血鬼の悪い印象がどうしても拭えないっていうのを聞いて、私はこれの開催を決定したの。
みんなに足りていないのは、交流だと思った。
魔物は「吸血鬼は悪い奴だ」という嫌な考えがどうしても残っちゃって、吸血鬼は「申し訳ないことをした」って反省しているせいで積極的に行動できない。
そんな悪循環があるから、まずはそれをどうにかしようって私は考えた。
色々ある中で、一番手っ取り早いのはこれだった。
悪い奴だっていう誤解を解いて、献身的な姿勢を見せていれば、いつかは眷属達も心を開いてくれるんじゃないかな。
だから、今回の準備は全て吸血鬼が主体に動いた。
告知も料理も、配膳の会場を設置するのも全部、吸血鬼だけ……。
一度目と同じく私がシチューを配っている理由は当然、私も吸血鬼だから。
私が何か悪いことをした訳じゃないけれど、一応身内のやらかしたことだ。私も責任を持って吸血鬼の悪い印象をどうにかしたいってお手伝いを申し込んだの。
みんなの仲が悪くなるのは、嫌だ。
険悪な雰囲気が流れている場所で、眠りたくない。
そう思ったから、私も頑張って働く。
「あら、このシチュー美味しい……!」
『悔しいけれど、前回俺達が作ったシチューよりも美味しいね』
魔物達は、吸血鬼が作ったシチューを絶賛してくれた。
それも当然、街に移住してきた吸血鬼のほとんどは、屋敷で働いていた使用人さんだ。
掃除、洗濯、料理等々。誰もが家事に関する技術を極めている。そんな吸血鬼のみんなが本気を出して作ったシチューが、美味しくないわけがない。
「お褒めに預かり、光栄です」
そんな絶賛の言葉に、ミランダはお辞儀をしている。
彼女は屋敷でメイド長を務めていた。今回のシチュー配りの責任者で、ラルクに情報提供などをしてくれていた協力者達のリーダーだった人だ。
「ミランダ。……笑顔、笑顔だよ」
ミランダは凄い美人さんで、使用人の中でも一番腕がいい。
そんな彼女には欠点が一つだけある。
あまり表情が豊かじゃないんだ。
一見すると怒っているのかな? って勘違いしそうで、私も最初の頃はミランダの顔が怖くて距離を取っていた。
でも、根はすっごく優しくて、誰かが困っていたら必ず手を差し伸べてくれる。そんなちょっぴり感情面が不器用なだけの、とっても良い人だ。
ミランダは、私が追放されてからも一番私のことを心配してくれていたんだって。
使用人の子がこっそりと耳打ちで教えてくれた。
「あ、その……こう、でしょうか?」
こわっ──ゲフンゲフン。
「違う。もっと口の端を……こう、だよ」
ミランダの顔に手を伸ばして、両手でクイッと口角をあげる。
…………うん。
ちょっと間抜けっぽいけど、さっきよりはマシに見える。
「ふふっ、ミランダさん……だっけ? クレアちゃんが赤ん坊の時から屋敷に仕えていたと聞いたわ。クレアちゃんの赤子時代、すっごく気になるわぁ……後でゆっくり、お話しできるかしら?」
「勿論です、シュリ様。……シュリ様はお嬢様の母代わりになったと聞いております。使用人一同、この街でのクレアお嬢様のことが気になっておりました。どうかこちらのお話も聞かせていただきたく……」
「んもうっ! 堅苦しい言葉は無しよ。私達は同じ街に住む仲間になるんだから、仲良くしましょう?」
「……ええ、そうですね。ありがとうございます」
シュリとミランダは、気が合うところがあるみたい。
私の赤ん坊だった頃の話は正直恥ずかしい、けど……この件で二人の仲が良くなってくれるなら…………うん、我慢する。
「はぁぁぁ! クレアちゃんにそんな過去が……! やばいわね。可愛すぎるわ!」
「ええ、当時のお嬢様は本当に可愛らしく、わたくし共もお嬢様の行動一つ一つに注視しすぎて、仕事がままならなくなったことも珍しくなく……」
って、いつの間にか盛り上がってるー。
展開が早すぎないかな。それだけ私の過去のお話しがしたかった、ってことなのかな?
……………………うん。あれは見なかったことに、
『ほう? 幼き頃の主がそんなことを……』
『やばいねぇ。そんなことを言われたら、萌え死ぬ自信があるよ』
「天真爛漫、とはあのことを言うのでしょうね。当時のお嬢様は間違いなく、使用人の天使でした」
うわ、こっちでも盛り上がってる。
しかも『天使』って、シュリ達よりも恥ずかしいことを言われているような気が……。
あっちもこっちも、どうして……私の話題で持ちきりなの?
もう少し違う話題とかないのかな。
…………無いんだろうなぁ。
でも、それで距離が縮まってくれるなら、私は…………ごめんなさい。嘘ついた。本当はめちゃくちゃ恥ずかしい。今すぐこの場から逃げたい気持ちでいっぱいだけど、私は配膳の役目があるから、最後までやり遂げないと……。
「よぉ、大変だな」
「…………ミルド、さん」
心を無にしてシチューを配ろうとする私の元に、ミルドさんが近づいてきた。
どこもかしこも私の話題で盛り上がるから、私の心情を察してくれたのかな。苦笑いで周りのみんなを眺めている。
「どうしてみんな、私のことばかりなんだろう……」
「そりゃあ全員、クレア様のことが大好きだからな。共通の推しがいたら、それで盛り上がるのは当たり前のことなんだよ」
「推し……?」
推しって、なんだろう?
「ところでクレア様よ」
「? なぁに?」
「クレア様の『キスしたがり事件』、詳しく」
「…………裏切り者」
「は、はは……冗談だっての……」
みんな、私の恥ずかしいことばかり話してる……。
ここに私の味方はいないんだ。
でも、悪い雰囲気じゃないのは……嬉しい。
険悪な雰囲気よりはずっとマシだと思う。
恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がないけれど、魔物と吸血鬼の仲は少しでも直った……かな?
「……ふ、ぁぁ…………ん……」
安心したら、ちょっと眠くなっちゃった。
もうほとんど配り終わっただろうし、後はご自由にってことで私は休もうかな。
「……………………え?」
そう思って瞬きを一回した時、私の視界は──全く知らない光景に移り変わっていた。
薄暗い雰囲気の部屋の中、私は地面に座り込んでいる。
さっきまで話していたミルドさんも、クロもシュリも、ミランダもいない。
「成功だ。成功したぞ!」
私の周りを囲む大人達が、何かを叫んでいる。
そんなことを気にする暇も余裕もなく、私はただ呆然とその様子を眺めるだけだった。
…………ここ、どこだろう……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます