28.普通って難しい


 侵入者がやってきた翌朝、街には厳重な警戒態勢が敷かれた。


 私の結界だけに頼るのは危険だと判断したみたいで、一時的に戦闘派の魔物を中心にした巡回がされるようになった。

 そのせいで街は少しピリピリした空気になっている。

 でも、それは本当に少しだけ。街を管理しているブラッドフェンリルや、ミルドさんとゴールドさん、ガッドさん、アルフィンさんが落ち着いているから、魔物は余計な緊張感を背負うことなく、ほとんど普段通りの生活を送ることができている。


『上に立つ者が慌てていては、皆の不安を煽るだけだ』


 クロはそう言っていた。

 きっと侵入者のことで一番頭を悩ませているのはクロなのに、他のみんなのために冷静を装ってくれている。


 だから私も、いつも通りにしていようと思った。


「それで、侵入者はどうだったの……?」


 クロは夜通し、侵入者に尋問をしていたみたい。

 それが終わり次第、重要なことを纏めてから休んで、私が起きるのを見計らって報告に来てくれた。


『結果から言うと、侵入者はこの街に潜り込み、情報を盗み出そうとしていた』


 やっぱり、敵だったんだ……。

 結界はこれが分かっていたのかな? 侵入者が危害を加えようと近づいてきたから、自分で動いてくれた。これが街に入ってきた誰かを無差別に攻撃するようだったら危険だけれど、たぶん判断くらいは付くと思う。


「情報を盗んでどうするつもりなのよ、相手さんは。……自慢じゃないけれど、この街の情報を盗んでも何の役にも立たないわよ?」

『まぁその通りだな。この街が今も存在しているのは、全て主のおかげだ。秘密も何もあるわけではない……が、それは我々だから知っていることだ。外の者は魔物と人が共存している理由を知らない。そこに何らかの秘密や弱点があると、予想するのだろう』


 全部私のおかげ、というのがイマイチ分からないけれど……たしかに、この街に秘密らしい秘密は無い気がする。

 強いて言うなら、私と魔物とが交わしている契約? そのおかげで魔物は変貌を遂げて普通より格段に強くなっているわけだし、そのせいで、どこかの王国はそれを調査するために色々と意地悪をしてきた。


 でも、それは秘密でも何でもない。

 契約は私の──『高貴なる夜の血族クイーン』の能力だ。


 他人が、ましてや人間なんかが真似できるものじゃないし、吸血鬼だからって同じことができるわけでもない。

 私達にとっては、その情報は当たり前。でも、外の人はそれを知らない。だから何か秘密があるんじゃないかって勝手に予想して、色々な意地悪をしてくる……ってことなのかな?


『昨晩、街に侵入してきた者には、二つの使命が与えられていたようだ』

「一つはこの街の秘密を探ることよね? もう一つは?」

『……邪魔者の排除だ』


 クロは私を一直線に見つめながら、そう言った。


「それって、まさか……」

『我々は最近になって、とある事件のために調査をしてきた。そのことに敵は煩わしく思ったのだろう。──目障りだから、そこの代表の寝首を掻いてこい。そう命令された、と』


 突如、真上から息の詰まる圧力が降ってきた。

 どうしたのかと見上げれば、シュリがニコニコと笑っているのが見えた。ただ、目だけが笑っていない。……器用だなぁ。


「つまり、私を殺しにきた……の?」

『…………そういうことになる』

「へぇー、そっか」

『………………』

「………………?」

『……あー、その……それだけか?』

「それだけって、何が?」

『もっと怖がるとか、驚くとか……あ、いや。別に大丈夫なら構わないのだ。……ただ、もし怖いなら全力で慰めようと色々持ってきたから、な……』


 そう言って、クロは体を揺らした。

 そこから落ちる沢山のお菓子や安眠道具。……何でそんなところに隠していたんだろう? ちょっと不思議に思ったけれど、気合が空回りしたクロが恥ずかしそうにしていたから、それ以上の追い討ちはしない。


「ん、大丈夫。怖くないよ」


 だって、私を殺せる人はいないもん。

 どんな怪我をしたって、どんな致命傷を負ったって、私は痛みを感じないし、傷を負った瞬間に元通りになる。


 今までに、沢山の襲撃を受けてきた。

 パパに個人的な恨みを持っている人や、吸血鬼を毛嫌いしてる人。沢山見てきた。


 でも、みんな失敗した。


 襲撃者っぽい見た目の人が、私のベッドの横で三角座りをしている姿を何度も見た。何度刺しても死なない私に心が折れたんだって、その人達は半泣きになって教えてくれた。

 その後、襲撃者は心が折れたみたいで、みんな暗殺家業から足を洗ったってパパから聞いた。


 だから気付いたんだ。


 誰も、私のことを殺せない。

 だったら怖がる必要なんてないよね? って。


『お、おぅ……それは……大変だった、な……?』


 クロは困惑していた。

 これを話すとみんな驚く。

 でも、これが私の普通だから仕方ない。


「たとえクレアちゃんが大丈夫でも、私達は大丈夫じゃないわ。──クロ。その侵入者はどこ? もう殺しちゃった?」

『ああ、骨も残さず食った』



 え?



「……私も、腕の一本くらいはやってやりたかったわ」

『すまん。主を殺すために来たと、すぐ目の前で言われたのだ。流石に我慢できなかった』

「まぁ、気持ちは分かるわ。私がクロの立場だったとしても、多分同じことをしていたと思うし……」


 どうしてクロとシュリは普通に話しているの?

 ……え、食べちゃったの? 侵入者を?


 あ、でも……そっか。

 クロ達は魔物だから、人間も魔物も関係なく、殺したら食べるのが普通……なんだよね。


 みんなの気持ちが、ちょっとだけ分かったかも。

 その人の普通は、他の人の普通じゃない。

 私が普通だと思っていたことが、魔物にとっては普通じゃない。

 魔物が普通だと思っていたことが、私にとっては普通じゃない。


 普通、って……その人だけの常識だったんだ。


「…………クロ」

『む、どうした?』


 頑張ったね、は違う。

 ありがとうも、なんか違う気がする。


 だから、えっと…………


「美味しかった?」

『ああ、美味しかったぞ。それなりに、な』

「…………そっか」


 食べちゃったことには驚いたけれど、美味しかったならいい……のかな?

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