27.地下牢(クロ視点)


 主の様子を見た後、我はすぐに侵入者が囚われている場所へと赴いた。


『……来たか』

『遅いぜクロ。待ちくたびれた』

『すまない。主と話していると……どうも、な……』


 先に待たせていたラルクやロームと合流し、我々は地下へ。

 長い階段を下りきった奥には、紅い糸で縛られた侵入者が横たわっている。まだ意識は取り戻していないようだ。


「よぉ、やっと来たか」


 地下牢には先客がいた。ミルドだ。

 彼には、我々が来るまで侵入者の監視を任せていたのだ。


「クレア様の様子はどうだった?」

『驚いていたが……いつも通りだ』

「まぁ、そうだろうな。この程度でご乱心になるような人じゃないさ、クレア様は」


 侵入者のことに「びっくりした」で済ませるような御方だ。

 今はもう、シュリと共に寝ている頃だろう。


『姫様らしいね。……ま、それだけ信用されているってことか』


 主は我らのことを心配してくれたが、それだけだ。

 自分が直接どうにかするとか、逐一の報告を望まれているわけではない。我らだけでどうにか出来ると、そう思っているのだろう。


 それは主なりの信用の証だ。

 ……ならば、それに応えるのが配下の役目というもの。


『無駄話はやめだ。さっさと終わらせるぞ』


 侵入者はまだ眠っている。

 しかし、目覚めを待ってやるほど、我らは優しくないのだ。


『──起きろ』


 的を侵入者に絞り、声に混ぜた重圧で押さえつける。

 そいつはすぐに目を覚ました。自分を囲む我々に恐れをなしたのか微かに震えていたが、それはどうでもいい。


『何の目的で、ここに来た。答えろ』

「…………っ、……」


 侵入者は口を閉ざしたままだ。

 ……このくらいは予想していた。そう簡単に口を割るような者では、このような仕事に似合わないだろう。


 このまま根気強くやってもいいが、主の安眠のためにも早急な対処をしなければならない。


『ミルド。防音の魔法は使えるか?』

「ああ、問題ない……ん、これで、ここの会話は他に聞こえないはずだぜ」


 魔力に包まれたような感覚がした。

 今から起きるであろう出来事を、間違っても主に聞かれたくないからな。こういった配慮は大切だ。


『ではローム』

『ん?』

『まずは片腕──やれ』

『りょーかい』


 命令した瞬間、ロームは鋭利な爪をもって侵入者の腕を引きちぎった。


 耳障りな絶叫。

 撒き散らされる血液。

 激痛に苛まれ、暴れる侵入者。

 それを我々は、眉一つ動かさず冷静に見下ろしていた。


『何の目的で、ここに来た?』

「っ、言う、ものか……!」


 ……片腕では足りないか。

 弱者は加減をしなければすぐに死ぬからな。

 なるべく貴重な情報源を殺したくはないが……まぁ、両腕が無くなっても死にはしないだろう。


『もう一本』

「ま、待っ──ァアアアアアアアッッッ!!」


 何か言おうとしていたようだが、聞こえなかったな。


『さて、早くも両腕を失ったわけだが……次はどこをやろうか』


 侵入者は恐れて何も言えなくなり、地震が起きているわけでもないのに奴だけが大きく震えていた。

 そこには多くの出血によって血だまりができている。このままでは侵入者の命の灯火が消えるのも時間の問題だが、我もそこまで考えなしではない。


『ミルド。回復だ』

「おう」


 千切れた部分だけを回復させ、出血を止める。

 だが、腕だけは直してやらない。これは我々が美味しくいただくのだから。


『ん……うむ、敵ながら良い肉だな』


 侵入者が見ている目の前で、採れたて新鮮な肉を頬張る。

 肉を食いちぎり、顎で骨まで噛み砕く。鉄鋼に囲まれた牢屋だ。些細な音でも良く響いた。


 自分の物だった体の一部を、食べられる。

 それは相手からしたら、耐え難い恐怖と苦痛だろう。


 予想した通り侵入者は小さな悲鳴を漏らし……下からも血液とは何ら関係ない液体まで漏らしている。

 嗅覚が敏感な我々には、少々キツイ臭いだ。ミルドが気を利かせて消臭の魔法を掛けてくれたが、まだ臭いが鼻に残っているような気がしてしまう。

 それに我々は食事中だったのだ。その中で汚いものを見せつけられたら、誰だって不快に思うだろう。


『さて、ご馳走さま。次はどこを食べてやろうか?』

「っ、ヒッ──!」


 一歩踏み出すと、侵入者は出来る限りの抵抗を見せた。

 足を動かして我々から距離を取ろうとする……が、なんせここは狭い空間だ。すぐに逃げ場がなくなり、侵入者は背中を思い切り壁にぶつける。


 その拍子に奴の顔を隠していたフードが取れた。

 色素の抜けきった灰色の髪と、僅かに尖った耳、口から覗く鋭利な八重歯。それは我々がいつも見ている御方と特徴が酷似している、若い男だった。

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