24.結界を作ろう2


 その後、どうにか説明してムッシュさんに理解してもらえた。

 ミルドさんやトロネさんにも手伝ってもらったけど、その二人も半信半疑って顔をしていた。


 三人の話を聞くと、術式の変化を加えるのはほぼ不可能に近いことらしい。


 例えば、私が愛用しているベッド。

 ベッドをもっと広くしたいと思った時、普通は新しく作り直すしか方法がないと思う。誰も拡張なんて面倒な手を選ばず、それなら新しくした方が手取り早いし楽だと思うはずだ。


 だから、術式も同じ。

 手を加えて範囲を広げるんじゃなくて、作り直す。

 その分の手間は掛かるけれど、元々完成していたものに手を加えるよりも早く終われる。


 私が作ってと言ったのは、強度重視の人一人が入れる結界。

 これをもっと広げたい──強度はそのままで二人が余裕を持って入れる範囲に手を加えるなら、一週間という長い時間を必要とする。

 最初から作り直すなら,六日。

 微妙な差だと思うかもしれないけれど、これが街を覆うほどの結界になれば、凄まじい差になってくる。


 でも、私が契約を使ってベッドを従えてしまえば、もっと簡単になる。

 品質はそのまま。その後は自由に大きくすることも、逆に小さくすることだって出来る。


 私の提示した結界の強度で、街を包める範囲。

 これを普通に術式として書き記すなら、最低でも一年はかかる。


 それだけの時間を、たった三日でやってしまうのが私の契約だ。


 なるほど、確かにムッシュさんが「???」と言いたげな顔になるわけだ。

 私は、ごく普通のことを言っているつもりだったけれど、もっと普通の人からしたらこれは異常らしい。


 ムッシュさん曰く、私の言っていることは、魔法の常識を1から全部を纏めてぶっ壊す理不尽さがあるんだって。

 だから、普通はそんなことを言われても信じられないんだって。



 でも、出来ちゃうんだもん……。



 信じてもらえないのが悲しくなったけれど、私が変なことを言っているんだってことも分かった。

 だから、どうすれば分からなくなって……色々考えていたら、ちょっと泣きそうになった。そしたらブラッドフェンリルが顔を真っ青にさせながら揃って部屋に突撃してきたから、ひとまず話し合いは終わり。言われた通りの物は三日後に完成するから、今度集まるのは三日後に……ってことで解散した。


 話し合いや説明は大変だったけど、三人が協力的で嬉しかった。

 でも、もっと大変だったのはその後。半泣きになっていた私を見て、どうしたのか、何があったのかってみんなが騒ぐから、その混乱を収めることのほうが苦労して、すごく疲れちゃった。


 三日後には全部話すって言ったけれど、どうしよう。

 今になって、もし失敗したらって……すごく不安になってきた。失敗は絶対にないのに、変なことばかり考えちゃう。これが『緊張』なのかな?




 そして、割とすぐに迎えた三日後。

 私は街の中心にある広場に、みんなを集めていた。


「く、クレアちゃん……本当に大丈夫? 危険じゃないのよね?」

『主がやりたいと言っているのだ。信じて待つくらいできないのか、お前は』

『まぁ、それでも心配になっちゃうのは分かるよ』

『問題ない。もしもの時は命懸けでクレア様を助ければいい』


 後ろでは、ブラッドフェンリル達が心配そうにこっちを見ていた。

 更にその後ろには、他のみんなが同じようにしている。


「クレア様、こちらが頼まれていた物です」

「ん、ありがとう」


 ムッシュさんから紙を一枚、渡される。

 私が丸くなってちょうどくらいの、大きな紙だ。それにはとても複雑な魔法術式が描かれていて、魔法のことを何も知らない私が理解するのは難しい。


 でも、全部を理解する必要はない。

 契約しちゃえば、そんなの関係ないから。


「それじゃあ、始めるね」


 親指を噛んで、術式に血を垂らす。

 その時、後ろから「あぁ……!」というママの悲痛な声が聞こえたけれど、気にしない。


 ポタポタと垂れる私の血は、術式の線を伝って広がっていく。

 やがて全てに満遍なく行き渡る頃には、線は紅く光り始めていた。


「受け入れて」


 いつもの言葉。

 術式はより一層、強く光った。


 しばらくして、それは収束する。


「…………なにも、変わっていない?」

「…………だな」

「……少し、線が色濃くなった? でも、それだけよね」


 協力者の三人は、何も変化していない術式を見て首を傾げている。

 その顔はちょっと不安げだ。「失敗」の二文字が浮かんでいるんだと思う。


 でも、これは失敗じゃない。

 上手くいったと私は満足げに頷いて、術式に『命令』する。


「起きて」


 術式は再び光を放った。

 そして術式の文字が浮かび上がってスゥッと地面に沈み、私を中心にした──少し赤みがかった半透明な膜が半球の形で出来上がる。


 これが三人の作ってくれた結界、その形。

 これじゃあ街を守れやしない。だから私は、更に命令した。


「もっと大きくなって」


 瞬間、私だけを包み込んでいた結界が広がった。

 脳内に思い浮かべていたのは、この街を覆うくらい大きな結界。その命令通りに結界は膨らんで、しっかりと街を守れるだけの範囲に広がってくれた。


「ほ、本当に広がった……一年以上もかかる手間を、こんな、一瞬で……」

「は、はは……ほら、言った通りだろ? クレア様は普通で考えちゃ、いけねぇってよ」

「その割にはミルドさんも、ふ、震えているわよ? あはは……」


 びっくりしてる。

 だから、大丈夫だって言ったのに……。


『主、皆が困惑している。説明を頼めるか?』

「ん、この街を覆う結界を作った。これで急な襲撃から、みんなを守れる」


 数秒の静寂、そのすぐ後に耳が割れそうになるほどの歓声が響いた。


『主が密かに計画していたのは、これだったのだな』

「……うん。私もみんなの力になりたかった、から……頑張ろうと思った」

『そうか。……これを見れば分かると思うが、みんな喜んでいる。皆の代わりに我が礼を言おう──ありがとう』

「ん、喜んでくれたなら、良かった」


 余計なお世話かもしれない、って不安に思ったことがあった。

 でも、みんなが喜んでくれる姿を見て、やり遂げられて良かったって思う。


 みんなが喜んでくれて、私も嬉しい。

 今日も、良い夢が見れそう……。

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