21.甘やかしたがりな母
シュリが人間になったことは、他のみんなを驚かせるには十分だった。
ついでに私のママになったことを話したら、街全体が震えるくらいの驚いた声が轟いた。
シュリは心から、私の家族になることを望んでいたみたい。
でも、ママって言うたびに親指を立てて鼻血を噴射するから、私の中でそれは禁句になりつつある。
ずっと欲しいと思っていたママが出来たから、本当はシュリのことをママって呼びたいけど、そのせいで死なれたら困るもん。
「………………」
「んふふ〜、クレアちゃんは柔らかいわねぇ。ほっぺもお腹もぷにぷにで、いつまでも触っていられるわぁ……」
「……ん。くすぐったい」
「あら、ごめんね? でも仕方ないじゃない。クレアちゃんの抱き心地が良すぎるのよ」
「じゃあ仕方ない……のかな?」
『主よ、騙されるな』
納得しかけたところで、クロからの注意が飛んできた。
……もう少しで主導権を握られるところだった。危ない危ない。
『お前はいつまで主に抱きついているつもりなのだ』
「うっさいわよクロ。親子のイチャイチャを邪魔しないで」
『親子の交流を邪魔するつもりはないが……シュリ、お前にも仕事があるだろう。姿は変わってもブラッドフェンリルとしての務めは果たしてもらうぞ?』
私が正式にシュリを『ママ』と認めてから、シュリは母親特権を使って私から離れようとしない。
何があっても私を抱きしめ続けて、食事の時も「あーん」ってしてくる。
お風呂も一緒。いつもは魔法で体の汚れを浄化するんだけど、シュリが全部洗ってくれるし、お風呂の後の睡眠は気持ちが良いから仕方なく入ることにしている。
他が呆れるくらいに、シュリは私にベッタリだ。
そうされるのは嫌じゃないし、むしろシュリと一緒にいられるのは嬉しいけれど……流石に恥ずかしい。一人でご飯くらいは食べられるって言っても、シュリは私を甘えさせてくれる。
これじゃあ……もっとわがままになっちゃう。
パパとお別れをする時に強くなるって決めたのに、その思いが早くも崩壊しそうだ。
「そういえば、シュリ」
「ん、なぁに? ママって呼んでくれてもいいのよ?」
それはシュリが死にかけるから却下。
「シュリは、元の姿に戻れるの?」
私が目覚めてから、シュリは人型のままだ。
それから一度も元の姿に戻ったところは見ていない。
「んー、戻ろうと思えば戻れるわよ? でも、このままでも狼だった頃と身体能力は変わらないし、人型の方が色々と器用に出来て便利だと思うの。だから当分は戻らないつもり」
魔力はブラッドフェンリルだった頃のまま。
その時の強さも、多分変わっていないのかな? ブラッドフェンリルは街を支える主力だから、一匹だけが弱くなるだけで、かなり苦しくなる。……でも、そこは問題無さそうで安心した。
「シュリは、人の姿をしたブラッドフェンリルってこと?」
当たり前なことを言っていると思うけど、それって凄いことだと思う。
私を除けば、ブラッドフェンリルはこの街で最強だ。
でも、難点があった。
それは狼の姿だから戦う以外のことは、あまり得意じゃないこと。
ドワーフ族や人間のように細かい作業はできないし、強すぎるせいで力加減も難しい。
だから、ブラッドフェンリルは私の護衛と戦闘面での活躍が主な役割だった。
「そう! これから色々とクレアちゃんのお世話ができるのよ! もう最っ高!」
「…………お世話、別にしなくてもいいよ」
私はずっと寝ているだけだし、ご飯も輸血パックをチューチュー吸うだけ。
普通の子供がされるような、お世話らしいお世話は必要ない。
「折角、人間になれたんだし……シュリには、それを活かしてほしい」
きっと、みんなも喜ぶ。
…………でも、
「でも、たまには甘えさせて……ほしい、な」
「──クレアちゃん!」
急に抱きつかれた。
びっくりした。輸血パックを落としかけたけど、ギリギリ持ちこたえた。
「もちろんよ! クレアちゃんのために姿を変えたんだもの。好きなだけ甘えていいのよ! だって私は、貴女のお母さんなんだから! 絶対に離さないからね! 一日中、ずっと一緒よ!」
『いや仕事しろよ』
盛大なツッコミを入れられて、親子の邪魔をするなと怒るシュリ。
それに堪忍袋の尾が切れたのか、ブチ切れて(私に被害が及ばないように)荒れるクロ。
騒ぎを聞きつけて、面白半分で様子を見に来たロームやミルドさん、ガッドさん等の、街のみんな。
…………街は今日も平和だ。
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