20.家族になろう


「えっ!? なにこれ! どうして私、人間の姿に!?」


 急に現れた女の人は、すっごく動揺していた。

 人間の姿に、って……どういうことだろう? 本当の姿は違うのかな?


「ちょっとクロ! なにが起こったのよ!?」

『我に聞くな! 我も知らん!』


 クロも同じくらい驚いている。

 現場は大混乱。その中にポツーンと座っている私。


 ……なんだろう、これ。


「クロの知り合い……?」

『っ、主!? 目を覚ましたのか!』

「クレアちゃん! もう、心配したのよ? ……あぁ、無事でよかった。本当に……」


 ここで初めて二人が私の目覚めに気づいた。

 クロは安堵したように息を吐いていて、女の人は優しく抱きしめてくれた。


 …………知らない女の人。

 でも、なんだろう。すごく安心する匂い。


「あの、」

「ん? どうしたの?」

「…………だれ?」

「!?」


 女の人の動きが止まった。

 石になったみたいにピタリと止まって、目の前で手を振っても反応がない。


 私、もしかして変なことを言っちゃった……?


 クロはこの人を知っているみたい。

 他のみんなはどうなんだろう? 顔見知りなのかな?

 でも、私はこの人の顔に見覚えがない。もしかしたら寝ている間に新しく移住してきた人なのかな?


 …………いや、多分違うか。


 私のベッドに入っていいのは、ブラッドフェンリルだけ。

 どんなに信頼していても、どんなに安全でも、私の許可がなければ絶対にクロが許さない。なのに女の人は、今も私のベッドに入って私を抱きしめている。


 一見するとクロを敵に回す暴挙だ。

 でも、怒っている様子はない。


「く、クレア、ちゃん……? まさか、本当に……私がわからないのかしら……?」

「…………?」


 クレアちゃん?

 この街で私をそう呼ぶのは、シュリだけだ。


 それに、その口調……。


 もしかしてと思って、女の人の魔力を覗く。

 ……シュリの魔力だ。ずっと一緒にいたから自信を持って言える。


「シュリ、なの……?」

「ええ、その通りよ。……気づいてもらえて、本当に良かったわ」

「…………ごめんなさい」

「い、いえ! クレアちゃんは悪くないわよ! 急に人型になっちゃった私が悪いんだし、そうよね、クレアちゃんが困惑するのも仕方ないわよね!」


 少しだけとは言え、シュリのことをシュリだと認識できなかった。

 一番混乱しているのは本人なのに、私はシュリに向かって「誰?」って言っちゃった……うぅ……。


「でも、どうして急に人の姿になっちゃったの……?」

「それが……私にも分からないのよ。気づいたら身体が光っていて……こうなっていたわ」

『……確証は無いが、心当たりならある』

「「え?」」


 どうしようと考えていたら、クロが一つの仮説を口にした。


『主、これは契約の成長だ』

「契約の……?」

『うむ。以前に契約のことについて話したのは覚えているな?』

「ん、覚えてる」


 契約は成長する。

 きっかけは分からない。その時に変化が見られたのはクロだけだったから、詳しく調べたくても出来なかった。


 その成長が、シュリにも起こったってことなのかな。


 クロは私の考えていることが分かるようになった。

 そしてシュリは人間になった。…………どういうこと?


「契約が成長すると、考えていることが分かるんじゃないの?」

『我もそう思っていた。だが、それは間違いだと判明したことで……ようやく分かったような気がする』


 …………ん?


『それは──願いの実現だ』

「願いの実現?」

『シュリ。変化が起こる前、お前は何を思っていた? 何か主に、願い事をしたのではないか?』


 その言葉に対して、シュリは難しい顔を作っていた。


「……したわ。確かに、私は願い事をした」

『それはどのような願いだ?』


「家族になりたい、と」


 予想していなかった答えに、私は自分の耳を疑った。


「クレアちゃんはお父様を失った。家族を知らない魔物の私は、その悲しさが分からない。……それでもクレアちゃんの側で寄り添うことはできる。……でも、失った穴を埋めてあげることはできない。家族のような存在であり続けることはできるけれど、本物の家族にはなれないから……」


 シュリはそう考えてくれていたんだ。

 嬉しいな。私のために悩んでくれて、家族になりたいって思ってくれて……。


「他にも色々と考えたわ。クレアちゃんに平穏を与えてほしい。クレアちゃんが本当に望むものを与えてあげてほしいって……でも、それは単なるワガママ。本当に私が願っていたのは──家族だと認めてもらうことだった」


 私はずっと前から、みんなのことを家族のように思っていた。

 たとえ本物になれなくても、みんなが居ればそれでいいと満足していた。

 でも、シュリはそれじゃダメだった。家族の『ような』で満足するんじゃなくて、『本当の』家族になることを願ってくれた。


 だから人間の姿になったんだ。


 …………不思議な気持ちだった。

 私はパパを失ったばかりだ。それを思い出しただけでも泣きたいはずなのに、どうして今は、こんなにも心がポカポカするんだろう。


 ああ、そうか。

 きっと私も、これを望んでいたんだ。


「シュリ、ありがとう」

「クレアちゃん……?」

「私ね、夢の中でパパにさようならって言ってきた。もう私は大丈夫だから、家族が居なくても私はやっていけるって……そう思っていたの」


 でも、違う。

 本当はそうじゃなかった。


「シュリが家族になってくれるって聞いた時、すごく嬉しかった」


 やっぱり、家族は欲しい。

 やっぱり、一人は寂しいから。


「だから、シュリ──私の家族になって?」

「っ! ええ、ええ! もちろんよ。私の方からお願いしたいくらいよ!」


 シュリは改めて、私を抱きしめてくれた。

 感情が昂ぶっているのか少し強い。でも、すごく優しかった。


 ああ、温かいな。

 ……すごく、安心するな。


「これからもずっと……側に居てあげるからね」

「……ん、嬉しい」


 急に家族と言われても、普通は困惑すると思う。

 でも、それは知らない相手だった場合の話で、それがシュリなら別だ。


 家族……家族、かぁ……。

 妹は違う。お姉ちゃんも、違う気がする。


 それならきっと、これが正解なんだ。


「これから、よろしくお願いします…………ママ」

「……っ、…………────」


 ん?


「ママ?」


 上を見上げる。

 視界が真っ赤に染まった。

 驚いて離れると、シュリが鼻血を放出していた。


「ああ、しあわ……せ…………」


 その言葉を最後に、シュリは動かなくなった。

 その姿がやけに白く見えたのは、どうか気のせいであってほしかった。

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