14.向き合う現実(クロ視点)


 主が意識を失ってから、ちょうど一週間が経った。

 その間、我はひと時も主の側を離れずにいたが、主は呼吸という当たり前の行動以外、ピクリとも動かず、ずっと深い眠りについている。


 主のことを間近で見ていた我らなら、分かる。


 この睡眠は異常だ。

 どんなに深い眠りの中にいても、主は一定周期で寝言を呟いたり、寝返りを打ったりしていた。


 それが今は、動かない。


『主……』


 原因は分かっている。

 エルフの集落を調査し、改めて主に報告した時の──主の父君の訃報。


 それを聞いた主の反応は、とても短いものだった。

 泣き喚くことはせず、怒るわけでもない。ただ静かに事実を飲み込んで、ただ一言「なんでもいい」と言って意識を途切らせた。


 目の前でゆっくりと崩れ落ちるその姿を見て、我はひどく後悔した。


 どんな理由があっても、家族との別れは辛く悲しいものだ。

 それを聞かせたのは他でもない、我なのだ。


 だが、いつまでも現実を直視しないのでは、前に進めない。

 主の父君は亡くなり、新たな吸血鬼の長がモラナ大樹海の西側の情勢を変えてしまった。その事実を伝えないことには、いつまでも主は存在しない父君を想うことになっていただろう。


『……クロ、まだここに居たの?』


 主が眠る一室に、来客があった。

 ──シュリだ。


『そろそろ休みなさいよ。ずっと眠らずにいるじゃない』

『…………休む気になれぬのだ』

『それでも休むの。統括のあなたが倒れたら、今度こそ、この街は終わりよ』


 主が倒れた時、街の魔物もその異変に気がついていた。

 今まで感じられていた穏やかな魔力が、パタリと止まったのだ。それは魔物達を混乱させた。主に何かが起こったのではないかと街中の魔物が押し寄せ、一度、街は手の施しようがないほどのパニックに包まれたのだ。


『クロは悪くないわよ』


 その慰めの言葉は、皆から言われていた。

 だが、どれ一つも我には届かない。


『私達の仮説が合っていたなら、その時はクレアちゃんに真実を話しましょうと、事前の話し合いでそう決めたじゃない。自分だけを責めるのは良くないわ。責められるべきなのは──その場にいた全員よ』


 それは理解している。


 それでも考えてしまうのだ。


 もっと良い方法があったのではないか。

 最後まで隠し通すことも出来たのではないか。

 主のためにならないと分かっていても、真実を知らないことが主の幸せだったのではないか……と。


『クレアちゃんが現実を受け入れたなら御の字。もし受け入れられなくても、私達がこの子を支えればいい。本当の家族にはなれないけれど、家族の代わりにはなれるわ』


 元より、その覚悟はあった。


『だが、今回のことで……我は嫌われただろうな……』


 嫌いなものを、主は家族だと認めてくれるだろうか。

 そう思うと…………憂鬱だ。


『な訳ないでしょ』


 そんな我の悩みを、シュリはたった一言でぶった切った。


『クレアちゃんが私達を嫌いになる? あり得ないわ。……この子はまだ子供だけど、一つの感情で全てを放棄するような愚か者じゃない。それはクロも知っているでしょう?』


 主は吸血鬼だ。そのため長寿であるが、まだ子供だ。

 そのため思考も言動も子供っぽいところがある。


 皆と平和に暮らしたい。

 争いのない場所を作りたい。

 その中で永遠に、静かに眠り続けたい。


 長く生きていれば、それは絶対に不可能だと分かることだ。


 主の優しさは純真無垢な子供が掲げる理想であり、主の夢はただの我儘だ。


 それでも我らは主を思う。

 主は我らを大切に思ってくれている。



 主はまだ子供だが、賢い御方だ。

 シュリの言う通り、荒ぶる感情を我らに押し付けるような人ではない。



 そう理解していても、やはり怖いのだ。


『そろそろ信じてあげなさい。私達のクレアちゃんでしょう?』

『…………ああ、そうだな』


 我らの主が、この程度のことで折れるわけがない。


 今は、ただ疲れているだけだ。

 主が現実と向き合い、目覚める時まで……我らは彼女を信じて待つしかないのだ。


 だが、それでも…………


『主……どうか、早く目覚めてくれ』


 その目で、その顔で、早く我に主の笑顔を見せてくれ。


 今も静かに眠る主に寄り添い、包み込むように丸くなり、我もゆっくりと──瞳を閉じるのだった。

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