9.我々の願い(クロ視点)
『では、行ってくる』
『ああ、気をつけるのだぞ』
西モラナ大樹海への調査、当日。
予定していた通りに我々は準備を進め、ラルク率いる偵察部隊は街を発った。
確かな情報を手にするには時間が掛かるだろうが、向かわせた者達は精鋭だ。余程のことがない限りは問題なく調査を進められるだろう。
『安全第一』という主の命令もあることだ。
ラルクならばその場の状況に適した判断をしてくれると信じている。
ちなみに、主人はまだ眠っている。
彼女も見送りがしたいと言っていたが、それだけのために起こすのは申し訳なく、ラルク達も主の顔を見ただけで満足したため、ひっそりと発つことになったのだ。
だが、主はおかしなところで勘が鋭い。
眠りの中でも、少数がこの街から離れて行くのは薄々感じていることだろう。
……次に目覚めたら、文句を言われるかもしれないな。
そう思ったら、自然と笑みがこぼれた。
不満気に頬を膨らませる主の姿を想像してしまったからだ。
きっと可愛いのだろう。本気で怒っていないと分かっているから、余計にその姿を可愛いと思ってしまう。そして、主を笑う我のことを見て、主は更に怒って頬を膨らませるのだ。
ああ、考えるだけで気分が良い。
主のところに向かうだけで足取りが軽くなり、安らかに眠る姿を眺めるだけで日々の疲れが癒される。
それは一種の麻薬のようだ。
いや、それよりもっとタチが悪い。
主に近づけば近づくほど、離れたくないと思ってしまう。一日、いや、半日でも主の姿を見られないと拒絶反応のようなものが湧く。主の眠る姿を永遠に見つめていたい。守りたい。起きている間は声を聞きたい。こちらを見てほしい。笑ってほしい。
その渇望を常に抱いている。
これは我だけではない。
主と深く関わったもの、特にブラッドフェンリルは皆同じ感情を持っているだろう。
しかし、我らがこれを口に出すことはない。
心優しい主のことだ。彼女ならば、その願いを叶えようと思ってくれるだろう。そのせいで主の時間を奪うことになるのは、我らの望むことではない。
我々は主の全てを優先する。
我らのために睡眠の時間を削るのは、絶対にあってはならないのだ。
…………だから、だ。
我々は今も、無力を嘆いている。
我々の理想は、心安らかに眠ってもらうこと。
それが今叶っているかと言われたら、残念ながらそうではない。
街はまだ出来たばかりだ。
そのためひどく脆く、不安定だ。
障害は多い。次々と何らかの問題がやって来る。今もなお、解決していない問題は多い。
現在進行形で行われているエルフの問題もそうだが、先日のノーマンダル王国の件も完全に終わったわけではない。
奴らは、今はとても大人しくしている。
人間の技術と資金を全て詰め合わせた結界を、主の手によっていとも容易く砕かれたのだ。その被害は大きく、今は動きたくても動けないのだろう。
……だが、人間は諦めが悪い種族だ。
必ずまた人間は動き出す。もしかしたら我らの知らないところで、もうすでに動き出しているのかもしれない。
そうならないように我々も監視を続けているが、監視だけでは限界があるため、今出来る限りの準備を整える必要があるのだ。
──っと、話が逸れたな。
我々の街は、少しの事態でも早急な対処が必要なほどに不安定だ。
その度に主を悩ませ、争うことで悲しませてしまう我々は、果たして主の理想を叶えられていると言えるのだろうか。
将来は必ず、そのような理想を作り上げたい。
だが、そのためにと主に我慢をさせるのは……正しいとは思えない。
いっそのこと、敵対勢力を全て根絶やしにすれば────。
『っ、それではダメだ』
主は殺戮で作り上げられた血塗れの王座を望んでいない。
これは試練なのだ。
主が我らに課す、平和を目指すための試練なのだ。
ならば我らは、我らに出来る最上の結果を主に捧げる。
どんなに大変な道のりでも。
どんなに苦労をしたとしても。
我らにとって、主の言葉が絶対であり──全てなのだから。
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