7.頭領の心変わり1(ガッド視点)


『貴殿がドワーフ族の頭領か?』


 最初にそいつが来た時、俺達の人生はここで終わるのだと思った。


 ドワーフ族は炭鉱を掘って、様々な物を作る技術に特化している。おかげで体は鍛えられているが、かと言って戦えるかと言われたら話は別だ。

 むしろ、ドワーフ族は弱いほうだ。

 持つのは金槌やピッケルなどの道具ばかり。最低限の戦闘知識とか心構えとかは必要だが、獣人のような身体能力は無いし、エルフのように弓や魔法に長けているわけではない。


 だから、俺達よりも遥かに強力な魔物と遭遇したら一巻の終わりなんだ。


「…………っ!」


 俺達の村に堂々と入ってきたのは、一匹の狼だった。

 そいつはただの野生動物じゃねぇ。人間や亜人、時には同じ魔物すら食っちまう生きる災害──魔物だ。


 しかも、ただもんじゃねぇと素人目でも分かる異常さが、そいつからは感じられた。


 ドワーフ族を優に超える体格と、日々鍛え上げた肉体を紙切れのように扱いそうな鋭い爪と牙。真っ黒で不気味な毛皮が後押しして、村の若い者はすぐに恐怖で動けなくなった。

 かく言う頭領の俺も、足が凍りついたように動かない。全く情けねぇ……。いざという時は村のみんなを守って逃すべきだってのに、震えて声も出せないんじゃ……頭領なんて肩書きに何の意味があるんだ。


『ドワーフ族の頭領に会いたい』


 頭領に会いたい……俺に、か?

 魔物が何の用だ。というか魔物がなぜ言葉を話せる。意思疎通は不可能なんじゃないのか?


 ──わからない。

 だが、


「お、おれ、が……とうりょ、だ」


 動かない体に鞭打って、どうにか黒い魔物の前まで歩いた。

 近くで見ると更に恐ろしい。少しでも油断したら気を失ってしまいそうだ。……それでも頭領として、この場を最小限の被害で乗り切る。相手は魔物だが、意思疎通ができそうだから可能性は、ある。


 ──そして話は、冒頭に至る。


『貴殿がドワーフ族の頭領か?』

「あぁ……そ、うだ……」

『なんとも歯切れが悪い返答だが、どうした』

「っ、な、なんでもない!」

『? そうか』


 下手なことを言えば殺される。

 そんな状況で、普通に話すことなんて出来るわけないだろ……!


 と、素直に言えたらどれだけ良かったものか。


『む、なんだラルク。今いいところ……は? 我が高圧的すぎて話にならない、だと? 馬鹿を言うな。これでもドワーフ族に配慮して気配を最小限に……なに、これでも足りないのか。ついでに姿も小さく? …………むぅ、難しいものだな』


 なんだ、誰と話しているんだ?

 遠隔通信?

 何かの魔法か?

 ……いや、魔物が魔法を使うなんて、聞いたことがねぇぞ。


『すまない。これで普通に話せてもらえるだろうか?』


 目の前の魔物から漏れ出す圧力が消えた。

 更に図体も小さくなった。今では俺と目線が合うくらいまで…………姿を自由に変えることができる魔物なんて、それこそ神話級のやつしか知らない。


『貴殿らを驚かせるつもりはなかったのだ。許してほしい』

「……い、ぃや、だいじょ……だ」

『そうか。ならば良かった。交渉には第一印象が重要だと聞いたからな。つまらぬことで失敗したら、皆に面目が立たぬ』


 さっきよりも話しやすくなったのは、本当だ。

 まだ若干声が上擦ってしまうが、どうにか落ち着いて物事を考えられるようになってきた。


「魔物が、俺達の村に……何の用だ?」

『ドワーフ族と交渉がしたい。そのために我が来たのだ』

「交渉、だと……?」


 いい加減、信じられないことの連続で脳がパンクしちまいそうだ。

 魔物が交渉だと? 今まで意思疎通も不可能だと思っていたのに、急に人間のようなことを話しやがって。


 まさか、何か裏があるのか?


『我らは街を作っている。だが、最近になって住民が増えてしまってな。住居の増築の手が足りないのだ。そこでドワーフ族に手助けをしてもらいたい』


 何言ってんだ、こいつは。


 一言で言うなら、俺の本心はそれだった。

 魔物が街を作っているだと? 普通、魔物ってのは共存しない生き物だ。同じ種類の群れならまだしも、別の個体が街を作るだと?


 だが、それだとこの魔物みたいな奴がいっぱい居ることになる。

 それこそあり得ない。いいや、あってはならない。そしたらこの世界は終わりだ。俺達ドワーフも亜人も、人間だって魔物に勝てっこない。


 …………もしかして、本当に別の魔物が共存を?


「魔物の、街が……?」

『ああ。我が主がそれをお望みだ。だから我らがその願いを叶える。そのためにドワーフ族の技術が必要なのだ』


 ……主? いま、主って言ったか!?

 この魔物が街の長じゃないってのか。こいつを超えるもっとヤバい奴が、この世に存在していいのか!?


『無論、報酬も弾む。だが値段交渉は苦手なのでな。そちらの言い値で手を打とう。……どうだ。引き受けてくれるか?』


 正直、悪い依頼じゃない。

 言い値でいいなんて、むしろ喜んで引き受けるところだ。


 だが、相手は魔物だ。

 本当に約束を守るかすら、怪しい。


「……少し、時間をくれ」

『わかった。では後日、改めて伺うとしよう』


 ──その時、いい返事が聞けることを願っている。

 魔物はそう言い残し、村を去って行った。

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