6.お爺ちゃんの髭


 魔物達が神殿の大広間を出ていく。


 そんな中、人間のミルドさんとゴールドさん、ドワーフ族の代表さんだけは場に残ってもらった。

 私もクロの背中に乗って眠りたかったけれど、ちょうどみんなが集まっている。久しぶりに会えたからちょっとだけ話したい。私は寝てばかりで次にいつ会えるか分からないから、今のうちだ。


 折角だしエルフ族代表のアルフィンさんも残ってもらおうかなと思ったけれど、まだ疲れているだろうし今日は帰ってもらった。この街では休憩が最優先だもん。


「みんな、今日は集まってくれて、ありがとう」


 最近は街の発展のためにみんな頑張っている、って聞いた。

 きっと忙しかっただろうに、こうして時間を作って話し合いに参加してくれたから、お礼を言うのは当たり前。


「ミルドさん、久しぶり。……元気だった?」

「ああ、おかげさまでな。ここはいい場所だ。住んでいるだけで若返った気分になる。年甲斐もなく、つい動きすぎちまうぜ」


 言われてみればたしかに、ミルドさんは街に来る前よりも若返ったように見える。

 多分、ギルドマスターっていう立場から解放されたのと、この街の活気に影響されたことで、前よりも自由に生きられているんだと思う。


 他の人間さんも満足した暮らしが出来ているなら、私も嬉しいな。


「人間とは契約していないから、怪我したら危ない……体には気をつけてね?」


 私はまだ、人間達と契約を交わしていない。

 血の契約は対象を強くさせる。『進化』させるんだ。魔物だから体が変色しただけで異常は見られなかったけれど、人間相手はどうなるか分からない。もしかしたら人間という枠から外れた『モノ』になっちゃうかもしれないし、そもそも安全という保証もできない。


「ゴールドさんも、久しぶり。体はもう大丈夫?」

「ははっ、いつの話をしているんだ?」


 最後にゴールドさんと話したのは、いつだっけ?

 多分二ヶ月前くらい? もっと? …………分からないや。


「もう普通に動かせる程度には回復したよ。心配してくれてありがとう」

「ん、無理だけはしないでね? 他の二人にも、よろしく」

「ああ、あいつらにも伝えておくよ」


 魔物とは違って人間は脆いし、すぐに年老いてしまう。

 だから、体には特に気を使ってほしいと思う。


「それから……ドワーフの代表さん。一応、初めまして?」


 ドワーフの代表さんは、本で見た通りの姿をしていた。

 人型なんだけど、ミルドさんに比べたら背が低いし、体型は横に広い。見た目は小さなお爺ちゃんだ。


 亜人は体の一部を誇りに思う習性がある、って聞いたことがある。

 獣人は尻尾、エルフは髪、ドワーフ族は自分の髭に誇りを持っているんだっけ?


 そう聞いていた通り、代表さんのお髭はすごく長い。

 不潔感は一切無い。長髪の人がするような編み込みをしているけれど、これがドワーフ流のお洒落なのかな? ……すっごく大切にしているんだって、見ただけで分かる。


「初めまして、ドワーフさん。私はクレア……よろしくね?」

「ああ、こうして顔を見合わせるのは初めまして、じゃな……わしはドワーフ代表のガッドだ。移住を許可してくれて感謝する。今後はこの街のために働くと約束しよう。こちらこそ、よろしくじゃ」


 手を伸ばして、握手する。


 とても分厚くて、ガッチリした手だ。

 これが職人の手ってやつなのかな? すごく頼もしいって思う。


「………………ん」

「っ、な、なんじゃ!?」


 無意識に、手がガッドさんのお髭に伸びていた。

 そしたらすっごく驚かれちゃった。……嫌、だったかな?


「……ごめんなさい。可愛いお髭だったから、触りたくなっちゃった」

「か、可愛い、じゃと……?」

「うん。編み込み、可愛い。私、それ好き。でも、他人に触られるのは嫌、だよね……」

「うっ……いや、急だったから驚いただけだ。ドワーフ族の誇りを褒められるのは、悪い気分ではないからな。……わしの髭はどうだった?」

「すごく、ふわふわしていて気持ち良かった……ガッドさんが許してくれるなら、また触ってみたい」


 あれは病みつきになる。

 クロ達のもふもふも大好きだけど、ふわふわも好き。


「ハハハッ! そうかそうか。そう言われるならば、今まで手入れしてきた甲斐がある。クレア様が望むならば、いくらでも触っていいぞ」

「…………いいの?」

「勿論じゃ。クレア様が喜んでくれるならば、わしも嬉しいからな」

「ありがとう。また今後、落ち着いたらお願い」

「わかった。その時のためにより一層、手入れをしておくとしよう」


 ガッドさんと約束できた、嬉しい。

 今よりももっと触り心地が良くなっているのかな?


 ん、すっごい楽しみ。


『うぐぅ、我らの特権が、特権がぁぁぁ!』

『お、俺らが髭に負ける、だと……?』

『嘘だ。信じないぞ。信じない』

『我慢よ、我慢するのよ。私達も髭に負けないくらい、自分を磨くのよ』


「……………………」


 後ろから感じる嫉妬の視線は無視しよう。

 ……面倒くさいし。

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