5.エルフ族の境遇


 次に目を覚ましたら、私は神殿の中にいた。

 ここに来るのは久しぶり。ゴールドさん達と初めてお話しした時以来だっけ?


『主、起きたか?』

「…………ん、おはよ」


 私の周りにはブラッドフェンリルの四匹。

 眼下には色々な人がいた。


 それぞれの魔物の代表、人間のミルドさんとゴールドさん、新しく移住してきたドワーフ族の代表さんと、先日この街に助けを求めに来たエルフ族全員。こんなに人が集まったのは、初めてかな?


「これから話し合い……?」

『うむ。主が起きるまでに軽い状況把握だけしておいた。そろそろ始めてもいいか?』

「…………ん、私にも説明……お願い」

『承知した』


 エルフ族はもう大丈夫みたい。

 まだ完全に回復したわけじゃないけれど、丸一日安静にしていたから話し合いくらいなら参加できるほどには回復したって。……やっぱり休憩は大事。睡眠こそが至高なんだ。


 私が寝ている間にクロ達が得た情報は、昨日私達が予想していたこととほぼ同じだった。


 エルフは西側に集落を作っていて、以前までは何の問題もなく普通に平和な暮らしが出来ていた。

 でも、ある日を境に魔物が凶暴になり始めて、西側で決められていた協定を破ることが多くなったみたい。


 その被害に遭ったのはエルフ族だけじゃない。他の種族も同じような被害を受けていて、今まではどうにか応戦していたみたいだけど、族長がいない隙を狙った魔物によってエルフの集落は崩壊。必死の思いで生き残りを連れたエルフの族長は、風の噂で聞いたことのある『統治された街』に匿ってもらおうと命がけでやって来た。



 これが、一連の流れみたい。



「…………大変だったんだね」


 ここに来るまでの道のりは、決して楽じゃなかったはずだ。

 エルフの生き残りは半分に減ったらしく、どうにか辿り着いた時には全員が満身創痍だった。それ以上の不運が重なったら、エルフ達はこの街に来ることさえできなかった。


「魔物の主、クレア様。改めて、お目にかかれて光栄です。私はエルフ族の族長、アルフィンと申します。我らの願いを聞き入れ、更には暖かな場所を提供してくれたことに、最大の感謝を……」


 エルフ達は敬礼のような姿勢を取った。

 これは彼らにとっての最高礼みたいで、私はそれを素直に受け入れる。


「ん、無事で良かった。ここにいる限りは多分安全。だから、安心して疲れを癒してね?」

「……はい。寛大なお心に感謝します」


 急に凶暴になった魔物は、当然だけど私達の街に住む魔物とは関係ない。

 魔物の脅威がこの街に向くかもしれないと考えたら、対処するのは当たり前。


 もう、あの時みたいな思いはしたくない。

 もう、二度とみんなを失うような思いはしたくない。


 だから、どうにかする。


 私の安眠のために。

 この街の平和と、みんなの安全のために。


『挨拶はこれくらいにして、話し合いを始めよう』


 クロの言葉を合図に、場の空気が緊張に包まれる。


『皆も聞いての通り、問題が起こったのは大樹海の西側だ。人の足で歩いて、およそ一日。……しかし、これは距離だけを考えた場合の話だ。足場の悪い森の中や途中休憩などを汲みすれば、苦労はそれ以上だろう』


 人の体というのは、たまに面倒だなって思う。

 魔物のように森を駆け抜けるのは難しいし、木々という障害物を避けて通る必要があるせいで余計な労力を消費することになる。


『人にとっては厳しい道のりだが、森に慣れた魔物にとっては決して遠くない距離だ。もうすでに奴らがこの街に接近している可能性も捨てきれない。なるべく早めに原因を調べたほうがいいだろう』


 みんなが頷く。私も同じ意見だ。

 何かが起こったなら、早めに調べた方がいいと思う。


『まずは状況把握のため、偵察部隊を組むとしよう。編成と指揮はラルクに任せる』

『承知。少数精鋭で向かうことにする。だが、あそこの地形はまだ把握していない。可能であればエルフに道案内を頼みたいのだが……』

「腕利きの二人を使ってくれ。生き残りの中で最も地形に優れた者だ」

『それはありがたい。よろしく頼む』


 偵察はラルクを含む少数の魔物と、エルフの二人が行くことになった。

 ラルクはこういうのが得意だし、連れて行くのも気配を隠すのが得意な魔物ばかり。安全第一で調査を進める約束をしたから、私はそれを信じて待つことにする。


 紹介されたエルフの二人は、かなり若い人だった。

 でも、実力は族長アルフィンさんのお墨付きだから、ラルク達の動きにも問題なくついていけると思う。


 偵察部隊の出発は二日後。

 エルフの体調が万全になるのを待って、それまでに可能な限り準備を整えるらしい。


『残った者は、偵察部隊が戻ってくるまで街の安全強化だ。知識のあるドワーフ族と人間の指示を中心に、魔物は進んで協力するように。我が主のため、妥協は許さん』


 私のため、というのは緊張するけれど……その言葉を聞いた瞬間、みんなの顔付きが変わった。目は闘気に満ち溢れて、それぞれのやり方で気合いを入れ直している。


「無理だけはしないで、ね……?」


 それを言っておかないと、みんながやり過ぎると思った。

 だからやり過ぎないようにって釘を刺したけれど、多分手遅れ……。


 だって、返事がすっごい元気だったもん。

 無理をしないでっていう言葉の返しが『応ッ!!!!!』なのは、流石に信じられない。


『情報が少ない今、我らはまだ十分に動けない。各自、街周辺の動きに気を配るように…………そろそろ主の睡眠の時間だ。話し合いは以上とする』


 クロは、私のことをよく見ている。

 ちょっと眠いなぁって欠伸した私に、すぐ気付いてくれた。


『些細なことでも報告を怠らないように。では、解散!』

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