4.私の居場所じゃない


 急な来訪者『エルフ族』の訪問によって、街は少しだけ騒がしくなった。


 それだけエルフという種族は珍しい。

 人間の寿命だと一度でも見ることができたら運が良いと言われるほどで、魔物以上にミルドさん達の驚きが凄かった。


『魔物の主よ。……どうか、我らをお救いください』


 その言葉を新たな異常事態だと捉えたクロは、一日後、各種族の代表を呼び出して会議をすることになった。


 すぐに会議を開かなかったのは、エルフの状態を考慮したから。


 エルフはボロボロだった。

 代表さんも、その人についてきた数人のエルフも、第三者が見ても分かるほどに疲労が溜まっていて、まずは休憩させなきゃ話し合いすらままならない……って判断したみたい。

 実際、エルフ達の様子を監視していた魔物からは、来客専用の部屋を貸し与えた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れたように眠ってしまったと報告があった。


 だから、私達は一旦戻って、今後のことについて話すことにした。

 散歩がなくなっちゃったのは残念だけど、それは後でいくらでも出来るし、睡眠はベッドでも出来るから問題ない。

 エルフが追い詰められた原因をいち早く調べなきゃ私達の街にも被害が及ぶかもしれない。


 どっちを優先するかなんて、分かりきっている。


『調べたところ、あのエルフはモラナ大樹海の西から渡って来たようだ』


 私達がいる森、モラナ大樹海ってところは広い。

 樹海は北、東、西、南、中央の五ヶ所で分布されているらしくて、この街があるのは森の中央『最深部』と呼ばれる、最も魔物が多く生息する場所。


 エルフの集落は西側で、そこで何かしらの問題が起こって、危険を承知で私達の街まで助けを求めに来た……ってことなのかな?


 西から中心に移動すると言えば簡単そうに聞こえるけれど、それでも足元が悪い場所を丸一日くらい歩くことになるし、中心に近づけば近づくほど魔物は強くなる。満身創痍の状態で歩こうなんて、普通に無理だと思う。自殺行為だと思われても仕方ない。


『見た所、あの状態は尋常ではないな』

『他種族、ましてや敵対する魔物に助けを求めに来たのだ。異常ではないはずがない』

『かなりボロボロだったけれど、何があったのかしら?』

『エルフの体にはいくつかの傷があった。武器によって作られたものではなく、爪痕のような…………おそらく魔物関連だ。そこで我らの街のことを思い出し、命からがら移動して来たのだろう』


 もしその予想が当たっていたなら、同じ魔物に助けを求める判断を下すのは、とても難しかったと思う。


 ……本当に、生きることに必死だったんだ。

 あのエルフ達は、悪く言えば『あっちの問題を持ってきて、無理やり私達の街を巻き込んだ人達』だけど、最後の望みに賭けてやって来た人達を追い返すほど、ここの魔物は酷くない。


 でも、これを引き起こした原因は魔物にある、か……。


「それは違う、と思う」

『……む?』


 私が珍しく意見を言ったことで、クロは驚いたような顔をしていた。


「西側の魔物は、比較的おとなしい子達ばかりだった。魔物同士でのちょっとした喧嘩はあっても、住処を奪うほど酷いことはしないって……約束のはず」

『どうしてクレアちゃんがそれを? ──あ、いや。別に、クレアちゃんの言葉を疑っているわけじゃないのよ? ただ気になっただけで……』


 どうして西側の魔物達のことを知っているのか。


 それは、故郷の吸血鬼の領土が森の西側にあったから。


 私はそこに住んでいた。

 百年以上、私はそこで眠っていた。

 だから、うっすらと記憶には残っている。


「クレアのおかげで魔物との協定を結ぶことができた。これからは平和な世の中を作っていくことができるんだ」


 昔、パパが嬉しそうに言っていたことを思い出す。

 長い期間、魔物と争ってきた吸血鬼だけど、その日を境に争いの音は聞こえなくなった。おかげでとても心地よく眠ることが出来たんだ。


 その協定は十年、何十年、何百年も続いた。

 私が屋敷を追放されるその時まで、魔物達は静かに暮らしていたはずなのに、その協定が破られたのかな?


 でも、魔物が協定を忘れるとは思えない。

 考えられるとしたら、エルフが魔物に何かやっちゃったのか、協定が白紙にされちゃったのか……。


「どうしてこうなったのかは、わからない。私はお家から追い出されちゃって、森の中心に捨てられたから……その後のことは知らないの」

『『『『………………』』』』


 みんな、何も言わない。

 流れてくる感情は、怒りだった。


 あまり有益な情報じゃなかったのかな。

 無駄な時間を取ったから、呆れられちゃった?


「あの、ごめんなさ」

『クレア様を、追い出しただと……!?』

『は? なにそれ? そいつら頭悪いんじゃないの?』

『頭が悪いんじゃないわよ。生きる価値がないの。クレアちゃんを追放したのだから……そいつら、死ぬ覚悟くらいはあるのよねぇ?』


 あれ? 思っていたのと違う。


 てっきり私の言葉が役立たずだったから怒ったのかと思ったけど、みんなは私を追放した吸血鬼に怒っていたの? …………でも、そこなの? エルフはどうしたの?


『クレアちゃん!』


 首を傾げていると、シュリが急に大声で私の名前を呼んだ。

 それにびっくりして「はい」と返事したら、すぐ近くまでシュリの顔がヌッと接近してきた。思わず上半身を後ろに反らしちゃったけど、これは誰だって同じ反応をする。


『どうしてそんな大切なことを言ってくれなかったの!? 私達、ずっと知らないままクレアちゃんを……!』

「……そういえば言ってなかった、かも……?」


 でも、別に言わなくてもいいかなと思っていた。

 私は追放されたことを何とも思っていないし、みんなと出会えたことで、昔より気持ちよく眠ることが出来ている。……大好きだったパパが近くにいないのは少し寂しいけれど、代わりにいつもクロ達が側に居てくれたから、悲しくはなかった。


 あそこは私が生まれ育った故郷だけど、もう私の居場所じゃない。

 私の居場所はただ一つ、みんなが居るこの街。


 だから、もうあの場所には何の未練もない。


 思っていることを言葉にして伝えたら、今度はみんなが泣き出しちゃった。


「み、みんな、どうしたの……?」

『っ、何でもない。……主、話してくれてありがとう。包み隠さず言ってくれたこと、嬉しく思う。……安心しろ。このことは我らの間で話し合い、後日、報復の計画を考えるとしよう』

「ん? それはちが──」

『『『おおー!』』』


 うん。これはダメなやつだ。

 クロ達は本来話し合っていたことを忘れて、吸血鬼の対策に熱中し始めちゃった。


 私が何を言っても、多分止まってくれない。


「…………危険なことだけはしないで、ね?」


 聞こえたか分からないけれど、一応釘だけは刺しておく。


 これで、私は何も悪くない。

「ちゃんと止めたもん」って、後で文句を言える……よね?


 徐々に白熱する話し合いを横目に、私は近くにある特製耳栓を装着。寝相で少し乱れちゃった布団を整えて、それに包まって横たわった。今日もお布団は気持ちいい。………………おやすみなさい。

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