1章エピローグ やっぱり、もふもふが一番


『────というわけだ。報告は以上だが、他に何か聞きたいことはあるか?』


 …………。

 ……………………。

 ………………………………。


『主、主!』

「んにゃ?」


 大声にびっくりして、目を覚ます。

 目の前にはクロがいた。……あれ? シュリもロームもラルクも、みんないる。


「ああ、そういうこと……」


 どうりで寝心地がよかったんだ。

 沢山のもふもふに囲まれて、心地いい魔力を感じて……こんなの、すぐに眠く……。


『クレアちゃん。眠いの?』

「ん」

『じゃあ、クロのつまらないお話は終わりにして、おやすみしましょうか?』

「……ん」

『つまらない、は流石に酷いだろう』

『あら、それじゃあクレアちゃんが眠らないような話をしてくれるのかしら?』

『それは無理だ。主が眠いのであれば、我はそれを優先したいからな』

『ほんと、姫様に甘いよねぇ……ま、俺もだけど』

「…………ん〜」


 みんな、何かを話している。

 内容は分からない。……すっごく、眠いから。


「ん、んぅ……」

『主はお疲れのようだな』

『仕方ないわよ。あんなに力を使ったんだもの。あれから一月眠り続けているけれど、それじゃ足りないわよね?』


 一月? なんの話をしているんだろう?


「なんの、話?」

『覚えているか? 我らを助けるため、主が力を使った日のことを』

「……………………あ〜」


 反応が遅れたのは、忘れていたからじゃない。

 眠すぎて頭が回っていないから、何のことを言われたのか理解するのに遅れちゃっただけ。


「……それが、どうしたの?」

『主はその日から一ヶ月、ずっと眠り続けていたのだ。あの件のことで情報が纏まりそうだったし、そろそろ起きる頃かと思って主の元を訪れ、報告をしていたのだが……』

『その様子だと、全く覚えていないみたいね?』

「ん。記憶にない」


 はっきりとそう言うと、クロががっくりと項垂れた。


「……ごめんなさい。次は、ちゃんと聞く」

『いや、主が謝ることではない。一応主の耳に入っていた方がいいと思っただけで、我らだけでも処理できる問題だからな』

「でも、聞きたい……そうだ。私が質問する。答えて?」

『ああ、承知した。そちらの方が主も興味が湧くだろうからな』


 あの時、私はすぐに眠ってしまった。

 だからその後のことは何も知らなくて、色々と気になっていたことがあった。


「あの眼鏡は?」

『死んだ。その後の人間の報復を警戒していたのだが、それは無かった。どうやら本当に一人で来たらしい。結界にそれだけの自信があったのだろうな』

「…………でも、あの結界、すぐに壊れたよ?」


 あの程度で油断するなんて、勿体ない人だなぁ……。


『この場合、主が規格外だと言った方がいいのだろうか?』

『別にいいんじゃない? 本人が自覚していないし、クレアちゃんなら悪用もしないでしょ』

『姫様は良い子だからね。いざという時は俺達が止めれば大丈夫だと思う』

『クレア様の好きにさせてあげるべきだ』


 みんな、コソコソと何を話しているんだろう?

 不安になって私が首をかしげると、みんなは『何でもない』と言って笑った。なんかモヤモヤするけど、大丈夫なら、まぁいっか。


「あの三人は、無事?」

『治療が得意な奴に頼んで癒してもらった。とは言え目も当てられない酷い状態だったからな。長いリハビリが必要だったが、もう十分な生活を送れるまでには回復している』

「そっか、よかった」


 クロの意識を通じて三人の様子を見た時、胸の奥が痛くなった。これが何なのかは分からないけれど、居ても立っても居られなくなったのは事実。……回復したなら、安心。


「あれから、人間達は何かしてきた?」

『何も。不気味なほどに大人しくしている。おそらく、主の最終通告が効いたのだろう』

「…………???」


 私、何を言ったんだっけ?

 何かを言ったのは覚えている。でも、内容までは……ん〜、思い出せない。


『でも、どうしてあの嫌味ったらしい眼鏡は一人で来たのかしらね? 普通は油断していても誰かを連れてくると思うけれど……』

『理由は二つある。一つは、あの男が我らを殺した手柄を独り占めしようとしたこと。もう一つは、国の作戦だ。予想していた通り、奴らは眼鏡を通じて遠隔視を使っていた。ならば、被害は最小限にした方が得策だろう。二つの利害が一致したことで、あのような形になったようだ』


 と、ラルクは説明してくれた。


「ラルク、まさか……潜入したの?」

『はい。敵の動向を知ることも大切ですので。現在も警戒は続けています』

「でも、危険……」

『問題ありません。確かにあの時、我々は失態を犯しました。間抜けと罵られても言い返せぬほどの、無様な姿をクレア様に見せてしまいました。……ですが、二度目の失敗はありません。どうか我々を信じていただきたく』


 ううん、そういうことじゃない。

 私は怒っていない。失敗は誰にでもある。それに、私達もまさかクロ達を無力化できるほどの魔法結界を、人間が開発しているとは夢にも思っていなかった。みんなは悪くない。悪いのは全部、あの眼鏡だから。


『──主』


 すごく真剣な声。

 私は嫌な予感を隠せずに、小さく頷いた。


『我らは甘かった。主の目指す平和を永遠に築けると思っていた。……だが、今回のことでそれは無理だとわかった。だが、現実はそう上手くいくものではない』

「…………」

『我らは主のため、主が望む悠久の睡眠を得るため、時には戦うことも必要なのだ』

「………………」

『そんな悲しそうな顔をしないでくれ。主は我らにも替えが無いと思っているのだろう。我らもそれを無視はしない。だから、もう失敗しない。二度と不安にさせない。人間だろうと油断せずに最善を尽くせば、我らは大丈夫だ。主との契約もあるからな。簡単には死なないさ』

「……でも、」

『言いたいことは分かる。だが、我らにも譲れないことはある。どうか、他ならぬ主のために我らを使ってくれ。主の居場所を作るためならば、我らは喜んで戦いに身を投じる。これは街に住む者の総意だ』


 ずるい。それはずるいよ……。


『すまない。信じてくれ』

「………………」

『主』

「……わかっ、た……」


 私はずっと、その言葉を引きずり続ける。


 これで失敗した時に、ほらダメだったじゃんって言ってやる。

 何度も何度も、みんなを責めてやる。

 ……絶対に、言ってやるんだ。


『ありがとう。主』

「謝罪はいらない。……だって、私はまだ……あの時の失敗を許していないもん」

『…………ん?』


 クロは意地悪だ。

 だから、私だって仕返しする。


「これから一ヶ月、この四匹は絶対に私から離れちゃダメ」

『は、いや……それでは様々な業務に支障が』

「ダメ。これは罰。私との約束守れなかった。失敗、したよね?」

『ぐぅ……』


 クロが焦ってる。

 うん。いいザマ。


『いいじゃないの。私は喜んで罰を受けるわよ?』

『むしろ、一ヶ月も姫様のところに居て良いの? なにそれ最高じゃん』

『俺は、どっちでもいい。だが、クレア様を守るためならば仕方がないな』


 シュリ、ローム、ラルクは喜んで罰を受け入れてくれた。

 ん? 罰だから喜んだらダメじゃないのかな? …………まぁいいや。細かいことは分からないし、私が罰だと言ったら、それは罰になるんだ。


『お前達! ……くっ!』

「あとはクロだけ」

『だが、それでは主の街が』

「聞いてくれなきゃ、クロのこと──嫌いになるもん」


 そう言った瞬間、金切り声のような変な音が聞こえた。


 それはクロの悲鳴だった。

 悲鳴にならない悲鳴というやつ? 初めて聞いた。


『あ、あああ主! そそそれだけけけは、どうか……!』

「知らない。私はもう寝る。シュリ、ローム、ラルク。一緒に寝よう?」

『もちろんよ! ああ、一ヶ月もクレアちゃんを味わえるなんて、天にも昇る思いよ!』


 喜んでもらえるのは嬉しいけど、味わうはなんか嫌だ。

 あと、登らないで。困っちゃう。


『真ん中は日替わりだぞ! 昨日はラルクがやったから、今日は俺だから!』


 ローム、私を取り合わないで。


『頑固者は辛いな』


 ラルク、もっと言ってあげて。


『……、…………る』

「ん、なに?」

『我も、主と寝る!』


 クロが飛び込んできた。

 本当に、素直じゃないんだから。


『あっこのやろう! 姫様の真ん中は俺のだぞ!』

『うるさい! 我が総司令だ。我が最優先なのだ!』

『ちょ、それはずるいだろう! 独占は反対だ!』

『ええいうるさい! 文句があるならば力づくで奪ってみるがいい!』

『おおやってやろうじゃねぇか! クロ! 表出ろ!』


「二人とも、うるさい」


『『…………はい』』


 これで静かになった。

 私はようやく、もふもふの中に沈むことができた。


 ああ、やっぱり……これが一番好き。


 ずっと、これが続けばいいのにな。

 ずっと、この感覚を楽しめればいいのにな。


『おやすみ、主』


 頭上から、クロの声が聞こえた。

 私はもう限界で、その言葉に頷きで応える。


 おやすみなさい、クロ。

 おやすみなさい、みんな。


 私は目を瞑って、微睡みの中に沈んでいった。

 深く、深く……満足するまでずっと、みんなと一緒に眠り続けた。

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