32.嫌だ


 みんなが危険な状態になっているのは、契約を通して私のところに伝わっていた。

 でも、街を出る時にクロがこう言ったんだ。


『主、もし我らが危機に瀕しても、助けには来ないでくれ』


 その言葉に、私は「どうして?」と聞いた。

 するとクロは当たり前のように、私のためだと答えた。


 私だけは外に出てはいけない。

 魔物は、配下はまだ替えが効く。

 でも、私は替えが効かないから、私が危険な場所に行くのは絶対にダメだと言われた。


 それは違うと答えた。

 クロも、他の配下も、みんな私の大切な仲間。誰一人も替えなんてない。


 そう言ったのに、クロは苦しそうな声でお願いをしてきた。


 だから私はみんなを待つことにした。

 それがクロのお願いだから。みんなが無事に帰って来てくれることを願って、私は配下に守られながら気を紛らわすために眠っていた。



 ──でも、私はすぐにその判断を後悔することになった。



「アハッ、いいねぇ。その顔、素晴らしい……どう? 見下していた人間に好き勝手やられる気分は。最悪だろう? ハハッ!」


 最初に感じたのは、クロの痛みと苦しみだった。

 私の腕の太さくらいはある杭で、お腹が抉られた。その次は四肢を順番に、最後は片目を容赦無く。


 とても痛そうで、とても苦しそう。

 それなのに、私に流れてくるクロの心は……全く人間に屈していなかった。


 どうして?

 どうして、そこまでしてくれるの?

 私は、ただ眠っているだけの堕落者だよ?

 みんなに好かれる性格じゃないことくらい、私だって理解している。


 でも、みんなは私を好きだと言ってくれた。


 私が魔物の中で最上位だから?

 私の近くにいると安全だから?

 そう思っていたけれど、元冒険者の三人も同じだった。


 拷問はすごく痛かったと思う。

 きっと耐え難い苦痛だったに違いない。

 ほんの一瞬。少しだけ口を開けば痛みから解放されたのに、最後まであの三人は私のために、街のために口を割らなかった。


 ……どうして?

 理由は、わからない。


「随分と頑張るね……どうせ死ぬのに、なんでそこまで頑張るのかな? ──そうだ! 君達の街。その情報を教えてくれたら君だけは特別に逃がしてあげるよ。いい提案だと思うけど、どうかな?」


 嫌な声が、脳内に届く。

 とても耳障りで、とても煩くて、とても──苛々する。


「…………強情だね。もう一匹の魔物も、きっと同じなんだろう。うーん、どうしようかな? 情報を吐いてくれないなら、残念ながら君達に用はないんだ。結界の耐久テストも終わったし、早々に終わらせようか?」


 このままだとクロが死んじゃう。


 嫌だ。


 クロだけじゃない。

 三人を助けに行った全員が、私のお願いのために動いてくれたみんなが死んじゃう。


 嫌だ。


 クロを縛っている結界。

 あれをこの街の魔物に使われたら、街のみんなも死んじゃう。


 嫌だ。


 また、ひとりぼっち?

 また私は、誰もいない世界で眠り続けるの?


 ──嫌だ!


 以前の私だったら、それでいいと思っていたかもしれない。

 でも、今の私はもう違う。


 みんな、私を好きだって言ってくれたんだ。

 眠り続ける私を必死に守ってくれた。私のために頑張ってくれた。無茶なお願いだって怒らずに聞いてくれた。


 みんなの居ない世界なんて、嫌だ。


 眠り続けたい、っていう願いは変わらない。

 でも、それはみんなと一緒がいい。

 クロ、シュリ、ローム、ラルク、傘下に入った大勢の魔物。その魔物達と一緒に暮らすことを決めてくれたゴールド、ギード、トロネ。協力してくれたミルドさんと、彼の仲間の人達。


 みんなが居なくても、私は眠り続けられる。

 たとえそうでも、私はきっと、その未来が幸せだとは思えない。


 だって、そんなの……寂しすぎるよ。


「僕の研究に協力してくれて、ありがとう。ああ、心配しないで? 君達の仲間もすぐに同じところへ送ってあげるから──さ!」



 ──申し訳ありません、我が主。



「っ、いやぁあああああああッ!!」


 私は叫ぶ。

 クロを死なせちゃいけない。


 私は叫ぶ。

 みんなを助けたい。


 だから、私は叫んだ。

 この声がみんなのところに届くように、って……。

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