31.我らの……(クロ視点)
『貴様、は……』
眼鏡に白衣。簡単に砕けそうな細い体。
……こいつが、結界を張ったのか?
「せいかーい。僕が君達の力を無力化したんだよ。……凄いでしょう? 僕の作り出した結界は」
結界を作り出した……奴は魔法専門の研究者なのだろう。
だが、まさかこれほどとは。
「この結界はね、範囲内にいる最も魔力の高い存在に反応して、その力を縛るんだ。魔力が高ければ高いほど、結界の効果は高まるんだ。凄いだろう? でも、耐久力が心配だった。どれほどの耐久力があるのか試したくて実験体を探していたんだけど、国の宮廷魔法使いだと実験にもならなくてね。…………そしたら、ちょうどいい侵入者がいるじゃないか。
ああ、これは偶然じゃないんだよ。君達の行動と作戦は最初から分かっていた。君達も知っているだろう? 遠隔にいる人間の視覚を共有する魔法。僕はそれを『神の目』と呼んでいる。対象にさえ触れれば簡単に付与できるから、君達の協力者に接触して行動を監視させてもらったんだ。だから君達の作戦は、こっちに筒抜けだったってわけ。残念だったねぇ。最強の魔物さん?」
…………随分とよく喋る人間だ。
余裕の表れなのだろう。我らを完全に縛ったのだから、そのような態度になるのも無理はない。
最も魔力が高い存在に合わせて結界の効果が増す。
つまり、我の魔力に反応しているのだろう。この我でも身動き一つさえ取れないのだ。ただの人間が耐えられるわけがない。
「ああ、そういえば……他に仲間もいたよねぇ? 貴重な審問の場を荒らしてくれちゃって、こっちは頭が痛いよ、ほんと。……でも、もう終わった。この結界は王都全体を包み込んでいる。君達に逃げ場はないよ?」
『っ、貴様! 関係のない民衆をも巻き込んだのか!』
「あれぇ? そっちに怒ったの? ははっ、魔物が敵の心配をするなんて変なことを思うんだねぇ? いやぁ、僕だって心が痛むよ。でもさ、所詮は無力な人間だ。ちょっと気絶する程度で魔物の脅威から救われるんだから、むしろ嬉しく思うべきじゃないかな?」
『ゲスが……!』
我らを捕らえるために、平気で民を巻き込む。
そのような人間が国の重役を担っているだと? ……ふざけるな!
「おお怖い。そんなに睨まないでよ。どうせ、この結界が発動している間は無力なんだから、さ……」
『ぐぅ、ァぁああああああ!』
叫び、脚に力を込める。
少し動いた。だが、すぐに限界が訪れて再び我は地に伏せることになった。
「……これは驚いた。結界の中では、この腕輪が無いと絶対に動けないはずなのに……術式に間違いがあった? いや、僕の研究は完璧だったはずだ。…………であれば、君が規格外なのかな?」
『知るか、この外道! 貴様と話す義理はない!』
「威勢がいいね。最高だよ。……でも、口の聞き方に気をつけたほうがいい」
巨大な杭によって、腹を刺される。
久しく感じていなかった激痛に、我は言葉を失った。
「アハッ、いいねぇ。その顔、素晴らしい……どう? 見下していた人間に好き勝手やられる気分は。最悪だろう? ハハッ!」
腹を抉られ、四肢を貫かれ、片目を潰される。
耐え難い苦痛だ。気を失ってしまいそうになる。
だが、我は決して声を漏らさなかった。
この苦痛をゴールド達は味わった。
──ならば、我が耐えずにどうする!
「随分と頑張るね……どうせ死ぬのに、なんでそこまで頑張るのかな? ──そうだ! 君達の街。その情報を教えてくれたら君だけは特別に逃がしてあげるよ。いい提案だと思うけど、どうかな?」
『ふざけるなッ! 同胞を裏切るくらいなら、我は死を選ぶ!』
「…………強情だね。もう一匹の魔物も、きっと同じなんだろう。うーん、どうしようかな? 情報を吐いてくれないなら、残念ながら君達に用はないんだ。結界の耐久テストも終わったし、早々に終わらせようか?」
男は杭を持ち上げ、我の脳天に狙いを定めた。
「僕の研究に協力してくれて、ありがとう。ああ、心配しないで? 君達の仲間もすぐに同じところへ送ってあげるから──さ!」
それが振り下ろされる。
我は最後まで屈することなく、男を睨み────
──瞬間、紅い霧が周囲に巻き起こった。
「なんだ!?」
『…………っ、ぁ、ああ……』
両者の間を塞ぐように立つ、少女の姿。
『どう、して……』
彼女は赤黒いオーラを纏い、我に背中を向けている。
我は震えていた。
感動ではない。これは『恐怖』だ。
無言で立つ彼女の背に、初めて見る彼女の怒りの余波に──我は心から畏怖していた。
「な、なんなんだお前! 急にどこから、どこから現れた!?」
「………………うるさい。黙って」
怒気が含まれた静かな声。
予想外の展開に喚き散らしていた男は瞬時に口を噤み、これ以上ないほど体を震わせた。
──化け物。
男の瞳は、そう言いたげに揺れている。
『…………なぜ、』
彼女の背中を見つめる。
なぜ、なぜ貴女が…………。
「…………ごめんなさい」
彼女──我が主はこちらへ振り向き、謝罪の言葉を口にした。
どうして、貴女がそのような顔をするのですか。
失敗したのは我です。むしろ、責められて然るべきだというのに、なぜ貴女様は、今にも泣きそうな顔をするのですか。
「ごめんなさい。ごめんなさい──みんな、ごめんなさい」
『あ、るじ……』
「すぐに終わらせるから、待ってて」
主は微笑み、再び我に背を向ける。
こちらから見えなくなる一瞬、主の横顔は、ひどく歪んでいるように見えた。
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