30.罠(クロ視点)


 ゴールド達の姿を見た時、我は後悔の念に駆られた。


 その表情は憔悴しきっており、着衣していたものは擦り切れ、そこから見える肌には痛々しい傷跡ばかりが刻まれている。

 この状態で拷問に耐えるのは、並外れた忍耐力と精神が必要だ。

 我も主のためならば、たとえ死んでも拷問に耐えるだろうが……それでも難しい。しかも三人は主と契約をしていない。傷は塞がらないし、痛みによる耐性も人間のままだ。


 この状態で、よくぞ今まで我らの情報を吐かずに耐えてくれたと、我は三人に感謝の意を示す。


『主の命により助けに来た──我らが同胞よ』


 ならば、我は三人の意思に敬意を表し、改めて彼らを『同胞』と認めよう。


 三人はすでに半分以上諦めていたのだろう。

 我らが姿を現した時、信じられないと目を見開き、しかしその顔はすぐさま困惑に変わった。


「ど、どうして来たんだ! お前らの正体がバレたら……!」

『だからどうした?』

「なっ──!?」


 正体がバレる。

 王国に我らの存在が気づかれる。


 ──その程度の代償、三人を救えるならば安いものだ。


『ローム、敵の戦力を削ぐのだ』

『了解!』


 瞬間、ロームは駆けた。


 床、壁、天井、空中。

 その全てがロームの戦場であり、独擅場だ。


 主との契約によって進化した我らの脚力に対抗できる人間はおらず、全方位を風のように駆け回る姿を視認することさえ不可能。

 ミルドの予想通り、人間どもは十分な力を発揮しきれていない。

 その点、我らは簡単だ。人間どもを蹴散らし、我らの力を示すだけ。


『シュリは三人を守れ。ラルク、お前はロームの援護だ。敵将らしき者を優先して倒せ』

『わかったわ!』

『任せろ』


 ロームとラルクが相手を撹乱してくれている間に、我らも動くとする。


『外でミルドらが待機している。ここを出て合流するぞ』

「だが、ロームとラルクは……?」

『あいつらならば大丈夫だ。力を合わせれば、あの二匹なら簡単にここを抜け出せる。他を気にするよりも、まずは自分の身を優先するのだ』


 我がゴールドとギードを、シュリがトロネを背に乗せ、敵の包囲網を強行突破しつつ外へ出る。

 すでに王都の構造は把握している。迷いなく予定の合流地点まで向かい、我らは馬車の手配をしているミルド達と合流できた。


「ミルドさん!」

「お前ら……! こんなボロボロになるまで我慢しやがって……すまねぇ。助けに来るのが遅れちまった」

「いや、いいんだ。皆、助けに来てくれてありがとう。馬車も用意してくれて、何から何まで……」

『感傷に浸るのはそれまでだ。まずはこの場を離れよう。全員、早く馬車に乗れ』


 救出した三人、ミルドを含む協力者。全員が馬車に乗り込んだのを確認してから、我とシュリは前に立つ。


『準備は出来たな? では、行く──っ』


 妙な胸騒ぎがした。

 何か奇妙なものに包まれたような感覚と、気味の悪い息苦しさ。


 獣の本能が、これは危険だと警鐘を鳴らしていた。


『ミルド、これは──ミルドっ!』


 馬車の手綱を持つミルドへと振り向き、慌てて駆け寄る。

 ミルドは胸を抑えて、苦しそうな呻き声を発していた。彼以外の者はぐったりとしていて動かない。死んではいない。気絶しているようだ。


「ぐぅ……! これ、は……結界か」

『結界だと? 誰がそれを』

「気を付けろ、クロ……俺達の行動、誰かに見られてるぞ……!」

『なんだ、ぐぁ!?』


 唐突に降ってきた超重力に身動きが取れなくなった。

 シュリも同じく地に這い、ミルドは……限界が訪れたのか他の人間と同じく気を失っている。


 ──何なのだ、これは。

 我が動けないだと? ブラッドフェンリルの、この我が?


 ミルドは『結界』だと言った。

 そして、我らの動きが見られているとも。


 これほどの強力な力は、どこから出ている?

 これほどの結界を展開できる人間が存在するだと?


「──これはこれは、間抜けな獣が見事に引っ掛かってくれたねぇ?」


 場違いな明るい声と、陽気な拍手の音。


 ザッ、ザッと、足音が近づく。

 そして、我の鼻の先でそれは止まった。


「やぁ、初めまして? 黒い魔物さん」


 眼鏡に白衣。研究者のような風貌の男は、気味の悪い笑みを浮かべ──我らの前に姿を現したのだった。

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