29.真の化け物(クロ視点)
我らは地図を囲み、ゴールド達を救出するための作戦会議を始めた。
「本当は今すぐに救出したいところなんだが……何の準備もない今、敵の多い王城に行くのは危険すぎる」
三人は王族の住む城の地中、地下牢に囚われているらしい。
そこには勿論、見張りの兵士が沢山いる。強行突破するのは簡単だが、それでは余計に人間達を刺激させ、奴らは更に我らの街へと人間を投入してくるだろう。
再び街に人間の手が及ぶのは、主の望みではない。
それに、また我らが戦うことになれば、主はその度に心を痛めるだろう。これを我らは望まない。主には何の心配事もなく、ただただ心安らかに眠っていてほしいのだ。
『救出は秘密裏に行いたい。……だが』
「ああ、それはもう無理だな」
当初の予定では下準備を整え、陽動と救出を手分けして行うつもりだった。
だが、三人が審問会に運ばれるのは──三時間後。
もう我々には時間がないのだ。
「やはり強行突破での救出だ。むしろ、それ以外はほぼ不可能に近いな」
審問会の準備はすでに終わっている。
ゴールド達を監視する目は強固になり、王城にはほとんどの戦力が集結している。陽動作戦をしても釣れるのは半分もないだろう。それらの残りを掻い潜りながら救い出すのは……我らの力を持ってしても困難だ。
『仕方ない、か……』
我は溜め息を一つ、覚悟を決める。
『手段は選ばない。三人を救出する。主からの命令が最優先だ。街に被害が及ぶ可能性もあるが、今後、人間との対立は我が全ての責任を背負う』
『クロ……』
主は『絶対に』と言った。
街に被害が及ぶからという言い訳を盾にして、彼らを見殺しにする選択肢は──絶対にありえないのだ。
ならば、我は主のために全てを背負う。
結局のところ、我ら魔物は戦うことでしか平和を求められないのだ。
主のために平和を築きたい。
だが、我々は戦うほかない。
矛盾していることは分かっている。
我はこの先もずっと、主の願いを叶えられない無力さを嘆くだろう。
『私達もやるわよ』
『……シュリ?』
『クレアちゃんは悲しむかもしれない……でも、あの子ならきっと理解してくれるわ。仲間のために頑張ろうとしているんだもの。誰もあなたを責めやしない』
我だけが背負う必要はない。
皆が、そう言った。
…………ああ、我は良い仲間に巡り会えたのだな。
「よしっ、クロの覚悟を受けたんだ。俺達も腹をくくるしかねぇな」
ミルドは頬を叩き、地図に線を書き込み始める。
それは三人がいる城と教会を繋ぐ線となった。
「十中八九、王城から教会まではこのルートを辿るだろう」
『それでは遠回りではないか? なぜ回り道をする』
「これは俺の予想だが、すでに三人の体は限界だ。もはや歩くことすら難しいだろう。その状態で無駄に歩かせる。……そうすれば体だけではなく、精神すらも蝕むことになる」
そこまで言われて、ようやく理解した。
『心身ともに弱らせることで、自白させやすくするのか』
「その通りだ」
怒りで我を失いそうになるとは、まさにこのことだった。
人間とは、ここまで非道で酷くなれるものなのか。
……何だ。奴らの方がよっぽど、心の醜い化け物ではないか。
「ここの通り……この位置だな。ここなら特に道が開けている。助けるにはもってこいだが……ここで騒ぎを起こすのは得策じゃないだろうな」
『平民が多く集う大通り。その近くで騒ぎを起こすと面倒だから、だな?』
「正解だ。これでは罪のない民間人にも被害が及ぶ。……すまない。絶好のチャンスはここなのに、俺達の都合で……」
『それ以上は言うな。我らも罪のない人間を巻き込むほど、人間を恨んではいない』
……それこそ、主に怒られてしまうだろうな。
「で、次のチャンスは……ここだ」
それは教会の中。審問会が行われる場だった。
『危険ではないか? ここには多くの騎士と宮廷魔法使いが集うだけではなく、国を支える貴族などの重鎮が…………なるほど。そういうことか』
「ああ、お偉いさんが集まる場所では、騎士や魔法使いも十分に動けないはずだ。普通に考えれば今日最も危険な場所になるんだが……逆にそれを利用してやるんだ」
周囲に貴族がいる場所では騎士は剣を振り回せないし、魔法使いも威力の高い魔法を撃つことはできない。
逆に、我らブラッドフェンリルは体の大きさを変えられる。
十分に力を揮えない人間とは違い、我らは自由に動き回れるのだ。
「三人の救出はブラッドフェンリルの四匹に任せる。俺達は逃げ道の確保と、審問会の外にいる見張りの相手をしよう」
『十分だ。三人を救出した後は、どこで合流を?』
「さっき通ってきた裏道があるだろう? そこまで三人を運んできてくれ。馬車を用意しておく。それに乗って森まで逃げてくれ」
『……その後はどうするのだ? お前達も国に歯向かうのだ。お前達もここには残れないだろう?』
「そこは大丈夫だ。すでに俺の後任手続きは済ませてある。……ここにいる全員が居なくなったって、ギルドは大丈夫さ」
つまりは、此処の人間全員で逃げるということか。
…………主が何と言うだろうな。
『わかった。責任を取ると言ったのは我だからな。人間を受け入れる程度、問題はない』
「ありがとな。世話になるわ」
『ああ、こちらこそ。……だが、この挨拶は全てが終わってからにしよう。今は目の前のことに集中したい』
「……そうだな。まずはあいつらの救出。それを優先しよう」
作戦決行まで、あと二時間。
我らは最大限の力を発揮できるよう、最後の時まで、入念な打ち合わせを進めた。
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