28.救出の一歩を(クロ視点)
主に見送られ、街を出た我らは全速力で広野を駆けた。
あの元冒険者の三人、ゴールド達を救い出す時間はもうほとんど残されていない。人間の身であるミルドには辛いと思うが、全速力で彼らの身柄が拘束されているノーマンダル王国とやらに向かう必要があったのだ。
目的地はすぐに見えた。
外敵を一切寄せ付けない巨大な壁の奥に、あの三人がホームにしていた王都とやらがあるのだろう。
「ここで止まってくれ」
背中に乗せたミルドの声に従い、我とラルクは足を止める。
「未知の魔物で警戒態勢に入っている今、馬鹿正直に正面から入るのは無理だ。ギルマスの俺と、一部の人間にしか知られていない裏道がある。そっちの方が近道だ」
おそらく、ゴールド達もそこを抜けて王都に入ったのだろう。
我々は彼の案内に従い、万が一を案じてラルクの得意とする『隠密魔法』で身を隠しながら、王都の中へ侵入した。
「俺の別荘はこっちだ」
そのまま王都の外れにあるミルドの別荘まで行くと、馴染みのある魔力波が感じられた。
シュリとローム、そして我が主の魔力だ。
『クロ! ラルク!』
中に入ると、シュリがいち早くこちらに気がついて声をあげる。
その傍らには、主の棺桶を包み込むように丸くなっているロームの姿もあった。
『シュリ、ローム。無事だったか』
『ええ、どうにか……そこに居るミルドの、おかげよ』
『姫様の棺桶も、無事だ。これだけは全力で守らねぇと、示しがつかないから、な……』
二匹は歯切れ悪くそう言い、我に頭を下げた。
『ごめんなさい。私達が、油断したせいで……余計なことを』
『罵倒も嫌味も全部聞く。だが、今だけはあの三人を──』
『懺悔の言葉は後で聞く。罵倒も嫌味も全てが終わったら好きなだけ言わせてもらおう。だが、まずは捕えられた三人の救出が先だ。──ミルド』
ミルドは別荘に着くと同時に、そこで待機していた複数の彼の仲間から話を聞いていた。
その人間達は信頼できる仲間らしく、王城へ侵入して三人の置かれている状況を調べてくれていたのだ。こちらが話しているうちにミルド側も報告が済んだようだ。
だが、ミルドの表情から察するに、良い知らせはなかったらしい。
「少し困ったことになった。騎士や兵士が言っていた噂によると、すでに審問会の準備は終わった。近いうちにそれが行われ、おそらくその場で三人は刑を執行されることになる」
『審問会だと?』
「王都で一番大きな教会でしか開かれない、国中の重鎮が揃って罪人を裁く場のことだ。年に一度あるかないかの審問会なんだが、予告も無しに開くってことは……どうやら今回の件は予想以上に大事になっているみたいだな」
罪状を明らかにし、その場で刑を執行する。
それが近いうちに開かれる。
『その、審問会とやらの日程は?』
と、ミルドは明らかに顔を苦渋に染めた。
ゆっくりと口を開き、呻くように彼は言う。
「決行は、今日の午後──三時間後だ」
『なっ!?』
あまりにも早い。
いや、我らの到着が遅かったのか?
その焦りが態度に出ていたのだろう、我が考えていたことに対して、ミルドは「違う」と言った。
「審問会は早くても一月前に予告される。だが、三人が投獄されてまだ四日だ。早いなんてもんじゃない。これは異常だ。……部下の報告によれば、どのような拷問にも口を割らなかった三人に対し、次は審問の場で強制的に情報を吐かせようとしているみたいだ。審問会に集まる宮廷魔法使いを使って、魔法で自白させるつもりなんだろう。その後は、適当な罪を被せて────、くそがっ。汚い連中だぜ」
三人は、主との約束を守ったらしい。
どのような拷問にも──おそらく、考えもつかないような苦痛を与えられたのだろう。それでも口を割らなかったのだ。
心の中では、たかが人間だと三人を侮っていたが……それは我の間違いだった。
三人は強い。
我らのため、主のため、最後まで信念を貫いてくれた。
彼らはもう、我らの仲間だ。
種族は違えど、決して失ってはいけない──我らの同胞である。
──絶対に全員で帰ってきて。
ああ、我が主。
必ずや、その命に応えてみせよう。
『他の皆も、異論はないな』
『あの三人は私とロームを命がけで庇ってくれた、クロが反対しても、私は行っていたわよ』
『シュリの言う通りだ。受けた恩は返す。絶対だ』
『無論、そのために来た。何もせずに帰還すれば、クレア様に顔向けできまい』
我らフェンリルは住処を共にしていても、行動理念や優先事項が同じになることはなかった。
我が主と出会ってからも、それぞれの意見が食い違うことが多々あった。だから、こうして考えが一致したのは久方ぶりだ。
まさか、そのきっかけが人間だとは夢にも思わなかったが……。
『ミルド。時間がない。作戦を教えてくれ』
「ああ、もちろんだ」
頷き、ミルドは彼の部下へと振り返る。
「てめぇら、準備はいいか。覚悟は出来てるか? 相手は王国だ。これ以上ないデケェ相手だ。──だが、それは俺達の仲間を見捨てる理由にはならねぇ。俺達には最強の助っ人がついている。早いところ間抜けなあいつらを助けて、一杯奢らせようぜ!」
「「「「「応っ!!!」」」」」
我ら魔物と、魔物を狩る冒険者。
互いの間にあった因縁の関係は、この時をもって一時的に無力となった。
我らは同胞の信念に報いるため、彼らはかつての盟友を助けるため。
今は、全員が一丸となって戦う時だ。
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