17.大樹海の異常(ゴールド視点)


 俺の名前は、ゴールド。

 少し前までは冒険者をやっていた人間だ。


 自慢ではないが、俺とその仲間は冒険者の中でも高い地位にいた。

 階級で言えば上から二番目。ありがたいことに俺達を「先輩」と慕ってくれる後輩も沢山いて、俺達は日々命がけで魔物と戦いながらも、かなり充実した暮らしができていた。


 そんな時、俺達はギルドマスター直々に、ギルドからの極秘依頼を頼まれることになった。


 依頼内容は、モラナ大樹海に起きつつある異常の調査。

 しかも、異常が起きているのは森の最深部という話だ。


 聞く人が聞けば、それは『死ね』と言われているのと同義だった。

 実際、ギルドマスターは依頼内容を話す時から重苦しい雰囲気で、それなりに長く冒険者をやっていた俺達は、嫌な予感を感じ取っていたが…………予想外すぎる依頼で、流石にあの時は動揺を隠せなかったな。


 もちろん、死ぬのは嫌だ。

 当然だ。俺達は命がけで戦ってはいるが、自殺志願者ではない。


 ……だが、可愛い後輩にこんな依頼を受けさせるわけにはいかないからな。


 俺達は依頼を受けた。

 その日のうちに遺書も書いてギルマスに渡した。

 夜は仲間と共に腹一杯になるまで豪華な料理を食べたな。


 そして、やり残したことを満足するまでやった俺達は、早朝、ギルマスに見送られながらホームを旅立った。




 ──それからは驚くことの連続だった。


 最深部に出現する魔物は赤黒い色に変わっているし、変色している魔物はどれもこれも知性を持っているし、ベテラン冒険者である俺達ですら手も足も出ない力を持っていた。

 王宮騎士団の連中は、馬鹿な奴が先に手を出して一瞬で壊滅して行った。

 助けようとは思わない。そいつらは仲間じゃないし、勝手に自滅したのは向こうだ。命を捨てて守ってやるほど優しくはないんだ。


 だが、余計なことをしてくれたせいで俺達にまで魔物の意識が向いたのは……本当に勘弁してほしかった。


 俺達はすぐに囲まれた。

 無数の異常進化した魔物がこちらに敵意を向けてきた時は、流石に生きた心地がしなかった。


 が、そこで信じられないことが起きた。


『降伏しろ、人間』


 魔物の群れから姿を現したのは、人間の背丈と同じくらいの巨大な狼だった。


 ──こいつはヤバい。

 そいつを見た瞬間、本能がそう叫んだ。


 俺達がどれだけ必死に戦っても、神がこちらに味方しても、決して敵わない相手。全ての魔物を統治する存在だと言われても、驚きはしない絶対強者の威厳を、その大狼から感じた。


『もう一度忠告する。降伏するのだ。そうすれば命は取らずに生かしておいてやる。我らの主は無駄な殺生を好まない。死にたくないのであれば我らと共に来るがいい。賢明な判断をすることをオススメするが……どうだろう?』


 頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。

 魔物が取引を持ちかけてきた? しかも、『我らの主』だと? この狼が魔物の主人ではない。こいつらを従えるほどの力を持った魔物が、この世に存在するって言うのか?


 一見、おとなしく従うべきだ。

 抵抗せずに降伏すれば、命だけは見逃してくれる。


 だが、相手は魔物だ。

 今まで殺しあってきた敵の言葉を、そう簡単に信じられるわけがない。


「おい、逃げ──」

『まだ終わっていなかったのか、クロ』

「っ、!?」


 俺達の背後から、もう一匹の大狼が姿を現した。


「もう一匹、だと……!?」

『仕方がないだろう。主の命令だ。敵対しない者には手を出せない。……そっちは?』

『無論だ。すでに解体し、血も抜いてある』


 ああ、これが絶望って言うんだな。

 一匹だけなら、まだ何かの奇跡で逃げ切れたかもしれない。


 二匹は無理だ。

 下手なことをすれば、俺達は──死ぬ。


『まだ答えを聞いていなかったな。降伏して我らの元で暮らすか? それとも無残に殺されていった同類の仇を取るため、一矢報いるか?』


 ──魔物に降るか、死ぬか。


 仲間を見る。

 何年も共に戦ってきた仲間は、俺の判断に従うと言ってくれた。


 俺は、自殺志願者ではない。


 生きていれば、いつかはチャンスもある。

 そう思い、俺は武器を捨てた。


「……降伏する」


 そして、俺達は囚われの身になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る