18.提案(ゴールド視点)


 正直、酷い扱いをされると覚悟していた。

 だが、現実はどうだ。


 俺達は魔物の街に行き、歓迎されているとは言えないものの、不自由のない生活を約束されていた。……わがままを言うのであれば俺達のホームに戻りたかったが、彼らは自分たちの情報が漏れることを危惧しているようだった。


 理由を聞くと、皆して「クレア様のお願いだ」と言う。

 おそらく、大狼が口にしていた『主』が『クレア様』なんだろう。


 多分、というか間違いなく、広場にある石像がクレア様ってやつだ。

 強力な魔物を従えるのだから、一体どんな凶悪な姿をしているのかと思ったら、見た目は普通の女の子だった。かなり忠実に再現されているのか、とても可愛い。


 魔物はその主を崇拝している。

 毎日必ず、その広場に行って祈りを捧げるのが日課になっている魔物もいるらしく、どこに行っても「クレア様は」と彼女の話が聞こえてくる。


 だが、彼女と会ったことのある奴は、ほとんど居ない。


 大狼──名前をブラッドフェンリルと言うらしい──が言うには、彼女はいつも眠りについているらしい。

 だから誰とも会わない。

 彼女の部屋へ出入りを許されているのは、彼女が直接契約した魔物のみ。他の魔物は彼女の姿を目にすることさえ難しいのだとか……。


 俺も「会ってみたい」と言ったら、魔物達の総司令をしている『クロ』に殺意を飛ばされた。

 それでも俺は、ホームにいる同胞達に無事を伝えたい。

 ギルマスもそれで少しは気が楽になるだろうし、魔物達はこちらから接触しなければ脅威にはならないと伝えれば、もう二度と王国から騎士や冒険者を送られることはないと思う。


 そう伝えたら、苦い顔をされた。

 どうやら彼らの主であるクレア様は、他者との関わりを持ちたくないらしい。


 彼女が求めるのは──安眠。


 俺が提示したのは、彼女の願いの糧になる。

 そう判断したのだろうが、結局は謁見を却下されてしまった。



 ──まだ俺達は信用されていない。

 それが一番の敗因だった。



 数日後、唐突に俺達はクレア様との謁見を許された。


 不健康と見紛うほどに白い肌と、透き通る白い髪。猫のように丸くなってスヤスヤと気持ち良さそうに眠る姿は、見るものを癒す謎の力があるように思える。

 触れれば壊れてしまいそうな儚さ。

 その中に巣食う、絶望的なまでの魔力濃度。


 ああ、たしかに……魔物達が崇拝するのも頷ける。


 ──彼女は、ダメだ。

 決して逆らってはいけないと、本能が叫んだ。


 俺達は、『魔物の街に住む』ことへの覚悟が足りなかったのだと、彼女と直接話すことで思い知ることになった。


 本音を言うと、どこかで一度くらいならホームに戻れるんじゃないかと思っていた。

 話に聞くクレア様は、とても優しい君主だった。だから、必死に頼み込めばどうにかなると楽観視していたんだ。


 だが、彼女が放ったのは──ひどく無情な言葉だった。


「無理。外には出せない」


 魔物はクレア様を崇拝している。


 ここでは彼女の言葉が『全て』になる。

 彼女が良いと言えば受け入れ、ダメだと言えば絶対に許さない。




 俺達は、俺達の思いは、あまりにも短い言葉によって打ち砕かれたのだ。




 それから俺達は外に出ることを諦め、これからは魔物との交流を大切にしようと考え始めた。


 魔物はすぐに俺達を受け入れてくれた。

 だから、せめてものお礼に俺達で手伝えることは積極的に手伝いたいと思ったんだ。


 徐々に仲を深め、何度か一緒に酒を飲み明かす機会も増えた頃──街全体を揺るがす大事件は起きた。


『襲撃者だ! 戦えるものは武器を持て。戦えないものは神殿に避難しろ。今すぐだ!』


 街の様子を嗅ぎ回っている魔物がいる。と俺達は事前に聞かされていた。


 相手から手出しをしない限りは、こちらが先に手を出すことはない。

 クレア様の命令に従い、魔物達はもしものことが起こった場合を想定して、色々と準備を整えていたらしい。


 そのため迎撃と避難はスムーズだった。


 以前ならば考えられなかったことだ。

 知性がある魔物でも、ここまでの連携は不可能なはずだ。

 しかし、ここの魔物達はそれを難なくやってしまう。彼らを知れば知るほど、人間はどう足掻いても太刀打ちできないなと、うすら乾いた笑いが口から漏れ出た。


 ──襲撃者との争いは朝まで続いた。


 ずっと戦っていたわけではない。

 相手が最初の斥候を送ってきてからは両者睨み合いになり、それが朝まで続いただけだ。そのため静かな緊張感が場を包んでいたのだが、永遠に続くかと思われた睨み合いは、呆気なく終わりを迎えた。


 ブラッドフェンリルのクロとロームが敵陣に乗り込み、敵将を瞬殺してしまったのだ。

 その時の動きは速すぎて、俺の目では追えきれなかった。


 それからは…………本当に酷かった。


 一言で表すならば『蹂躙』。

 敵将を潰され、浮き足立った魔物を圧倒的な戦力で容赦無く叩き潰していた。


 そこに慈悲はない。

『弱者如きがクレア様に楯突くとは、万死に値する!』と、全魔物の気持ちが一致して敵を殺し始めた時の迫力は、いくつもの戦場を渡り歩いてきた俺でも流石に肝っ玉が冷えた。


 彼らには絶対に逆らわないようにしよう。

 そう強く思った瞬間だった。


 全てが終わった後、俺達はこの件をクレア様へ報告するように言われた。

 本来ならば報告はブラッドフェンリルのみが許される特権なのだが、今はその誰もが手を離せない状態だったから、仕方なく、本当に仕方なくと念押しされ、暇していた俺達に特例が下された。


 そして報告を終えた俺達に、クレア様はこう言ってきた。


「死んだ魔物の素材、どうしたら、いい?」


 普通なら捨てるべきだろう。

 魔物は共食いをしない。争った後の死体は邪魔な物でしかなく、捨てて焼却してしまうのが一番良いと意見したんだが、クレア様は素材を無駄にしたくないと言ってきた。


 俺は、悟られないように生唾を飲み込んだ。

 もしかしたら、これはチャンスなのかもしれない。


 だから、俺は──とある方法を提案した。


 俺達の願いが叶って、この街のためにもなる。

 そのような提案頼みだ。

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