15.揺らぐ思い


 襲撃者がやって来たという報せを受けた私の側には、すぐにシュリとラルクが付いた。


 戦闘を得意としているロームと、魔物達の総司令であるクロは、すぐにどこかへと行ってしまった。

 きっとどこかで、襲撃者と戦っているんだ。


 また人間がやって来たのかと思ったけれど、今回の襲撃者は魔物だった。

 そのことに、私は再び驚いた。

 だって、今まで魔物は私に優しくしてくれたから、友好関係を築いてくれていたから、私達の街を襲撃するなんて、今でも信じられない。


 私は変わらず、いつもの部屋で待機。

 クロからは『絶対にここから動かないでくれ』と言われた。


 私は下手に動くと、他にも迷惑がかかる。

 だから、皆の安全を祈りながら、私はじっと座っていた。


「……どうして、襲撃者が?」


 急に敵対視されたなんて、おかしい。


 私、何かしたかな。

 私の知らないところで、配下が何かやっちゃったのかな。


 ……わからない。


 でも、怖い。


 私がようやく安心することのできたこの場所を、知らない誰かに踏み荒らされるのだと思うと、怖くて仕方がない。


「ねぇ、どうして急に襲撃者が来たの?」


 シュリとラルクに、私は問いかけた。

 二匹は顔を見合わせ、視線のみで意見交換しているように見える。


『あのねクレアちゃん。実は、少し前から、街の周囲をコソコソと嗅ぎ回っている連中が居たの』

『奴らの言動は、我らブラッドフェンリルには筒抜けでしたが、まだ手を出してこないのであればと、注意するのみでした』


 ──何かあっても、向こうから手を出さない限り、手荒なことはしないで。


 それは私がみんなにお願いしていたことだった。

 手荒なことをしたら、より多くの被害を生むことになる。向こうはその気だったとしても、こちらが最初に暴力を振るうのは、こっちが悪くなってしまう。


 そしたら仲直りできることも、簡単に仲直りできなくなっちゃう。


 そう、思って…………


「私の、せい……?」


 私がみんなに「手出ししないで」って言ったから、自由に嗅ぎ回らせていた魔物達がこの街に襲撃してきたの?

 無駄な争いをしたくないって、みんなと仲良くなりたいって、そう思ったから、みんなが戦うことになったの? 私がそう言ったから、みんなが苦しむことになったの?


 全部、ぜんぶ、私の…………


『『それは違う』』


「…………ラルク? シュリ?」

『我々が先に手を出していても、クレア様の言う通りにしていても、結果は同じでした。早いか遅いかの違いです』

『クレアちゃんの判断が争いを呼んだわけじゃない。コソコソと周囲を嗅ぎ回っている奴らが居るって知っていたから、皆は準備を進めていた。クレアちゃんの言葉が無かったら、私達はすぐに対策しようと魔物に手を出して、ロクな準備も無いまま争うことになっていたかもしれない』

『クレア様のおかげで、万全な状態で戦いに挑むことができたのです。本当はもっと酷かったかもしれません』

『そうよ。クレアちゃん、私達を止めてくれてありがとう。……大丈夫。絶対に、貴女のことは守ってあげるから』


 ラルクとシュリは、私を包むように身体を丸めた。

 とても温かくて、とてもふわふわで、とても……安心する。


「本当、に……? 本当に私は、みんなの迷惑にならなかった?」

『ええ。迷惑だなんて思うわけないじゃない』

『もちろんです。我々を心配してくれている優しい言葉を、どうして迷惑だと思えるでしょうか』


 その言葉に、私はとても安心した。


 私はみんなの迷惑にならなかった。

 この争いは私のせいじゃなかった。


「…………でも、私はみんなに謝らなきゃ」

『それは、どうして?』

「……知らなかったとしても、みんなを戦わせることになっちゃったから……みんな、戦うんじゃなくて、平和に暮らすことを望んでいたのに、戦わせちゃった」


 私も、同じだから。


 争いなんてない場所で、静かに暮らしたい。

 誰にも邪魔されないところで、静かに眠り続けていたい。


 みんなもそれを願ってこの街に居るのに、今はこうしてみんなが戦っている。


『魔物達は、ここを守りたいのです。クレア様の住むこの街を守りたいから戦っている。そんな彼らに贈る言葉は、謝罪などではなく、他の言葉にしてあげてください』

「他の、言葉……?」


 みんなは、私が大好きになったこの場所を、必死に守ってくれている。

 そんな魔物達に贈る、謝罪ではない他の言葉……。


「…………わかった。みんなには、他の言葉を贈ることにする」


 だから、早くこの言葉を言わせてほしい。


 この街に住んでいる全員に。

 この件を無事に終わらせて、みんなに言葉を贈りたい。


 誰一人として欠けてはいけない。

 この言葉は、全員に言わなくちゃいけないと、そう思うから。

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