14.波乱


『──、──、──ということなのだ。問題ないか?』

「うん……うん……うん………………ぐぅ……」

『主?』

「んにゃ……?」

『聞いていたか?』


 気がつくと、私の前にはクロが居た。

 小さな部屋に合わせて、サイズも普通の狼くらいになっている。


 でも、ブラッドフェンリルの強大な力は隠し切れていなくて、小さいのに凄い威圧感……。

 今は私の前だから最小限まで抑えているみたいだけど、それでも私が凄いと思うのだから、本気を出したブラッドフェンリルはもっと凄いのだろう。


 改めて、クロ達って凄いんだなぁと、しみじみ思う。


 …………。

 ……………………。

 ………………………………ぐぅ。



『主』

『クレア様』

「……むにゃ…………ごめん。聞いていなかった」


 そういえば、何かの報告を聞かされている途中だったような気がする。

 …………なんだっけ。内容を全く思い出せない。


 私は頑張って思い出そうと頭を回転させて、ぽんっと手を叩く。


「……そうだ。お日様が当たるところで、みんな一緒に横に並んで、お昼寝した話だよね」

『『……………………』』


 そう口にしたら、私を見つめるクロの瞳が優しくなった気がする。

 みんな、いつも私には優しいけれど……なんか今日はいつにも増して優しい気がする。


 何があったんだろう?


『……………………楽しい夢だったか?』

「うん。楽しかった。とてもポカポカしていて、気持ちよかった……」

『そうか。……また、日を改めることにしよう』

「ん。お話終わり?」

『ああ。主はまだ眠り足りないようだからな。緊急の用事だからと無理に起こしてしまい、申し訳ない』

「んーん、クロとのお話も楽しいから、気にしていない。じゃあね、おやすみなさい」

『おやすみ、我が主』


 クロは部屋を出て行く。

 …………あれ? 緊急の用事?


 みんなで一緒に寝た話が、緊急のお話だったのかな。

 それの何が緊急なんだろう……?

 私にはわからなかったけど、クロはまた来るって言っていたし、その時に聞いてみよう。


 街のことは基本、クロを主体としたブラッドフェンリル達に任せているけど、何か重大な決定を下す時だけは、必ず私のところにやって来て、判断を仰いでくれる。


 でも、私は考えるのが面倒なので、いつも適当に相槌を打って終わりだ。


 信頼されているのは嬉しいけど、やっぱり私は、考えるのは苦手だ。

 一応この街の最高責任者ということで、頑張って考えようとしているんだけど、考えているうちにどうしても眠くなっちゃう。


 申し訳ないとは思うけど、クロは『主は主のやりたいようにしてくれて良い。そのための街なのだから』って言ってくれたから、私はその言葉に甘えて、眠り続ける日々を繰り返している。


 一応、私が起きるたびに街がどうなったかを聞いているけど、次に起きた時は、また街のどこかが変わっている。


 今更、私が手を下すことなんてない。

 その分、私は好き放題眠ることができる。


 嬉しいと思う反面、やっぱり申し訳ないと思う。

 でも私は怠惰な吸血鬼だから、何もできない。


 何かをしたい私と、何もしたくない私が入り混じる。

 それはぐるぐるとずっと回っていて……こんな感情初めてだから、私はより一層、混乱してしまう。



『クレア様は本当に可愛いねぇ〜』

「かわいい……?」


 今日の当番をしてくれているロームは、口の両端を吊り上げながら、陽気な声でそう言った。


「私は可愛い、の?」


 自分の見た目なんて気にしたことなかったから、私が可愛いか可愛くないかなんて、気にしたこともなかった。


『うん。可愛いよ。見た目だけじゃない。その性格や仕草、言葉と声。全部が可愛くて、みんなクレア様の何かに惹かれてここに留まり続けている。誇っていいよ。クレア様は最高に可愛い』

「……ありがとう」


 少し言い過ぎな気もするけど、本気で褒めてくれているのだとわかるから、私は感謝の言葉を口にする。


 ……恥ずかしいけど、可愛いって言われるのは嫌いじゃない。むしろ今まで言われたことなんてないから、ちょっと嬉しいかも。


「でもね、やっぱり私は、自分が可愛いかどうかなんて、わからない。他の子と比べたことないし、多分、みんなは私以外の味方を見ていないから、そう言うんだと思う」


 この世界のどこかには、私以上に可愛い人はいる。

 その誰かと魔物達が出会ったら、みんなは変わらず私に『可愛い』って言ってくれるのかな。


 そうだと嬉しいな。


『そうやって謙遜するところも、クレア様らしいよ』


 ロームは、よく私のことを褒めてくれる。


『安心して、俺達の眠り姫。世界中の誰よりも、俺達はクレア様に忠誠を誓っているんだからさ。……だから、気負う必要なんてないんだよ』

「…………心配、してくれたの?」

『そりゃもちろん。クレア様が悩んでいるなら、それを聞いて一緒に考えてあげるのも、配下の役目。そうでしょう?』

「いつも、いつもありがとうね、ローム」


 私はへにゃりと、笑う。


 私のやりたいことに口を出す人は、ここには居ない。眠るだけの空間がここにある。

 それに、私のことを心配してくれて、こうして話し相手になってくれる配下がいる。


 それはとても幸せなことで、とても恵まれていることだ。


「ありがとう、ローム」


 私は感謝の言葉をもう一度、その後、ゆっくりと瞼を閉じ──



『……………………』

「ローム? どうしたの?」


 一瞬にして気配が切り替わったロームに、私はびっくりして意識を覚醒させた。


 いつもの飄々とした、私に優しくしてくれる雰囲気じゃない。どちらかと言えば、クロに近い……何かを警戒して威圧する。そんな怖い雰囲気が、ロームから感じられた。


『…………なにか、来る』

「来るって、」



『主! 無事か!』



 来るって、なにが来るの?

 そう言おうとした言葉の途中で、慌ただしく部屋に入ってくる影が一つ。


 ──クロだ。


 ロームの言っていた、何かが来るの『何か』は、クロではない、よね?

 だったら、誰なんだろう……。


「クロ。そんなに慌てて、どうしたの?」


 私は、無性に嫌な予感を感じていた。

 ドクンドクンと、心臓がいつもより強く鳴る。


 この焦る気持ちは何だろう。

 どうしてこんなに、息が苦しいのだろう。


 聞きたくない。

 でも、聞かなきゃいけない。


 知りたくない。

 でも、知らなきゃいけない。


 色々な感情が、私の中でぐるぐる回る。



『襲撃者だ!』



 それはやっぱり、私が聞きたくない答えだった。

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