13.ただ、私のやりたいことを
それからというもの、人間さん達は大人しくしているらしい。
……正直なことを言ってしまえば、意外だった。
もっとしつこく「外に出してくれ」って言ってくるかと思っていたのに、お願いしてきたのはあの時の謁見だけで、その後は少しづつだけど、魔物達と交流をしようとしているみたい。
魔物達も、そんな三人と向き合おうと頑張ってくれているみたいで、嬉しく思う。
私自らが人間の滞在を認めたというのも理由の一つだけど、彼らは魔物相手に何一つ手出しをしていなかったというのが、一番の理由なんだとか。
魔物に襲われた時は、流石に抵抗を見せたけど、決して自分達から仕掛けるようなことはしなかった。
クロが選択肢を与えた時も、真剣に自分達の生きる道を考えて、その提案に乗った。
最初に魔物に手を出して、最後まで敵対した人間の騎士達は、全員死んだ。
一人も森から出すことなく、狩り尽くしたと報告に上がっている。彼らの残骸や装備品は、使える物以外は全て処分した。
これで、再び調査に訪れた人達に、痕跡を辿られることはない。
魔物達は殺した騎士に対しては恨みを持っているけど、その時に何も手出ししなかった冒険者の三人には、恨みを持っていないのかな。
でもやっぱり、彼らが『人』だという事実が、まだ両者の溝として残っているみたい。クロは「時間が経てば交流できるようになる」って言っていたけど、私もそうなってほしいと思う。
一緒の場所に住んでいる以上、種族がどうであれ仲間は仲間だ。
何か許せないことをした場合は仕方ないけど、そうじゃないなら、皆で仲良くしてほしい。いつも寝てばかりでみんなと交流しようともしない私が、そんなことを言える立場なのか分からないけど。
冒険者の三人は、住居を組み立てる手伝いを積極的にしてくれているらしい。
人間の建築技術は魔物に無いものだ。魔物もその知識を教えてもらい、順調に技術の向上ができているから、とても助かっている。これで街がより活気的になると、クロは嬉しそうに言っていた。
……まだ三人のことは信用していないけど、このまま何年も一緒に暮らして、三人を信頼できるようになったら、一度くらいは自由に行動させてあげても良いかなって、思う。
でも、それはまだまだ遠い。
私は人の心は読めない。
だから、そういう判断は慎重にやらなきゃいけない。
「…………ん、にゅ……は、ふぁ……ぁ」
微睡みから目覚める。
こうやって自分から目を覚ますのは、珍しい。
最近は忙しかったから、いつも誰かに起こされていた。
こうして自分から目を覚ませるってことは、この街は平和だということなんだと思う。
叶うなら、ずっとこんな生活が続けば良いな……。
『お目覚めですか?』
感情は少ないけど、私のことをを想ってくれる優しい声が頭上から聞こえた。
「おはよう、ラルク。…………久しぶり?」
『おはようございます、クレア様。……そうですね。俺が当番の時は、ずっと眠られていたので、話すことはありませんでした。なので、クレア様にとっては久しぶりなのでしょう』
「……むぅ…………ラルクも、お話ししたい?」
『クレア様と話したいのは正直なところですが、俺はクレア様のしたいようにしていただきたい。俺のために起きる必要はありません。どうか、気の済むまでお眠りください』
感情の無いまま、そう言ったラルクだけど、本音はもっと話したいと、そういう感情が私の中に流れ込んでくる。
契約した魔物の、強い感情は私のところに流れてくる。
だから、この想いはラルクの本心なんだ。
「……ん、ラルク。ありがとう」
私が、この子に返せるものはない。
なのにラルクは、私が無防備に寝ている姿を、ずっと守ってくれている。
だから、せめてものお礼に、私はラルクの頭を撫でた。
ありがとうと、その言葉も一緒に添えて。
『勿体なきお言葉です』
ラルクの尻尾が、ブンブンと揺れる。
それはちょっとした風を生み出して、部屋の空気が少しだけ巡回した。
「今日は、何もなかった?」
『はい。平和そのものだと聞いています』
「……なら、よかった」
魔物は数が多い。
……今は、どのくらい居るんだっけ?
正確な数は把握していないけど、凄い数だと思う。
それを全部クロ達は管理してくれているから、後で改めて、みんなにお礼を言わなきゃ。
こんなに数が居て、ずっと平和に暮らせているのは凄い。
私の傘下で、みんなが私と契約しているから争いが生まれないのかもしれないけど、それでもそれぞれの魔物には、それぞれの考えがあって、意見が食い違うことだってあるのに、外から運ばれたトラブル以外での衝突は、今のところ何一つ起きていないのは、奇跡に近いんじゃないかと思っている。
「みんな、凄いなぁ……」
思わず口にしてしまった言葉。
それに偽りは無くて、本心から出た言葉だった。
「みんな、頑張っている……すごい」
『……そんなことはありません。皆、クレア様が居るから、こうして共存できているのです。全て、貴女のおかげですよ』
ラルクはそう言ってくれた。
慰めとかじゃなくて、本心からそう言ってくれているのだとわかった。
私は、ただ捨てられただけの吸血鬼だ。
それなのに、森の中でクロと出会い、フェンリルのみんなと契約して、そして魔物が傘下に加わって、仲間が増えた。
私はただ寝ていただけ。
それが私のやりたいことだから、ずっと眠っている。
でも、そんな私の周りには、いつの間にか色々な魔物が居た。
──人生、何が起こるかわからない。
何百年も生きていたパパは、懐かしそうに目を細めて、そう言っていた。
その気持ちが、今ならわかる。
人生は、何が起こるかわからない。
だから、今を大切にしたい。
今こうしていられる平和な時間を、大切にしていきたいと、私は思う。
一番は睡眠だけど。
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