12.初対面


 私が起きた時、そこは私の部屋じゃなかった。


「…………ぅ、ん……あれ?」


 ここは、前に一回だけ来たことがある。

 ……というより、一回だけ運ばれたことがある。


 今私が居るのは、神殿だった。

 前に見た時とは少し違う。改装したって聞いたから、多分内装も変えたのだろう。でも、神殿の面影は残っていたから、すぐにわかった。


 どうしてまたここに運ばれたのかを考えるより先に、私は眼前に並ぶ三人の人影に気が付いた。


 その三人は、人間だ。

 彼らは一心に私のことを見つめ、驚いたような表情をしている。

 信じられないものを見た。

 三人の思っていることは多分、そんな感じ。


「……………………」


 私は彼らを気にせず、首だけを回して周囲を確認する。


「……あ、クロだ。それにみんなも。おはよう」


 後ろの方には、クロを含めたブラッドフェンリルが勢ぞろいして並んでいた。


『ああ、おはよう。我が主』


 クロが挨拶した後に、みんなもそれぞれ挨拶を返してくれる。


『主よ。すでに気づいていると思うが、そこの三人は』

「……人間、さん?」

『…………そうだ。この者達は主との約束通り、一週間、大人しく生活していた。我としてはまだ不服なのだが、主の願い通り、謁見を許すことにした』


 そうやって呻くクロは、本当に不満そうだ。

 だからなのか、ずっと人間さんに敵意をぶつけていて、そのせいで人間さんが怖がっている。


「クロ。気配、うるさい」


 これでは話にならない。

 だから、クロに静かになってもらおうと思ったんだけど、後ろに控えていたクロ以外のみんなが『ブフッ!』と笑い出して、クロはぷるぷると小さく揺れ始めた。


 急にどうしたんだろうと首を傾げた私は、「ああ」と納得して、ぽんっと手を置く。


「トイレ?」

『違う』


 違うみたい。


『はぁ……我々は静かにしているから、主は好きにしてくれ。──くれぐれも、主に無礼のないように』


 後半の言葉は私にではなく、三人への言葉だった。

 それだけで人間は、ビクッと大きく体を震わせる。


「…………クロ。お口チャック」

『ぬぅ……』


 やっと静かになったから、私は前に向き直る。


「ん、やっと、会えた」


 でも、どうしよう。

 会うことだけを考えていたから、一応、目標達成?


 もう彼らに用はない。

 私はなんとなく、流れている魔力だけでその人の性格を知ることができるから、この人達は悪い人じゃないってわかった。


 …………会話? なんか眠くなっちゃった。


「もう、いいや……魔物に危害だけは加えないで、静かに暮らして…………それから、おやすみなさい……」

「──ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 そう言って瞼を閉じようとしたら、急な大声が神殿に響き渡った。

 びっくりした。


『貴様ら……!』


 そのことにクロは激怒している。

 クロも急なことでびっくりしたのかな?


「俺たちはどうなる。どうするつもりだ?」


 私が再び目を開けると、三人のうちの一人が口を開いた。

 三人組の中では一番体格が良くて、この状況の中で一番最初に口を開いたから、多分この人がリーダーなのかな?


「……どうするかって話は、もう聞いていると思う」


 私が後ろを振り向くと、クロは頷いた。


「だが、信じられない」

『貴様! 主の言葉が嘘だとでも言うのか!』

「クロ。静かにして」

『ぐぬぅ……』


 顔を歪めて、クロは引き下がる。


「ここにいる限り、三人の安全は保証する。最初の方は居心地悪いかもだけど、我慢して」

「俺たちを外に出す気は無いのか?」

「外に出したら、私達のことを話すでしょう?」

「それは……そうだが、悪くは言わない。魔物達の街は人間に害を及ぼさないから、討伐隊を組む必要はないと、ギルドマスターに報告する」


 報告……それはダメ。

 私の居場所、私の安眠が、全部壊されるのだけは嫌だ。


 この三人は良いけれど、他は信用できない。

 実際、騎士の人達は対話をせずに殺し合いになったし、流石の私も、死闘が繰り広げられているところで落ち着いて寝られない。……一応寝ることはできるけれど、多分うるさくて安眠はできないから。他の誰かが来る可能性だけは絶対に、ダメ。


「無理。外には出せない」


 優しさで、一度だけ見逃すことはできる。

 でも、それをして三人がこの街のことを話してしまったら、困るのは私達の方だから、勝手なことはできない。

 敵に甘くするのは難しいってことは、人間もわかっていると思う。それでも無理を言って、外に出してもらおうとしている。


「頼む。俺達を帰してくれ。すぐにここに戻ってくる。仲間に、ギルマスに俺達の無事を知らせたいんだ」

「信じられない」


 私は、この人達の心を読むことはできない。

 人に国に戻って、無事を知らせた後、約束通り戻ってくるとは限らない。


 ギルドマスターっていう人に事情を話して、匿ってもらうことだってできる。そうすれば私達は手出しできなくなる。

 魔物は人間の国に入れない。近づいただけで殺される。私の配下は死なないけど、傷は付く。痛みも感じる。だから、逃げられたら何もできない。


 その事情の中に私達のことを話されたら、私達の居場所を奪うために討伐隊が組まれる。


 もしかしたら、この人達は約束を守ってくれるのかもしれない。

 もしかしたら、この人達は約束を守らないかもしれない。


 その『もしかしたら』の選択が、私達の未来を大きく変える。


 いつもならクロ達に全部任せているけど、これは私にも関係がある。この場所が無くなったら、私の寝るところも無くなってしまう。


 だから、長である私がこうして、人間と話している。

 仲間を代表して、私が彼らへの対応を間違えることはできない。


『貴様ら、我が主の──』

「クロ。退場」

『なっ……!? あ、主! それだけは、それだけはお許しを!』

『はいはーい。うるさい番犬はお外で待機していましょうねー』

『おいやめろシュリ!』

『気持ちはわかるけどさぁ。姫さんの話の邪魔しちゃダメだって〜』

『ロームまで! っ、この……! 我は主のことをお守りうぉおおおおおおお!!!』


 バタンッと、神殿の扉が閉められ、ようやく静かになる。


「やっぱり、あなた達を国に帰すことはできない。人間を信用できないから、私達はこの街に留まるか、死ぬかのどちらかを選択させた。それを理解して、三人はこの街に来た。違う?」

「それは、そうだが…………」

「でも、帰りたい? なんで?」

「残してきた奴らに、別れを告げるためだ」


 そう言って私を見つめる瞳は、とても真っ直ぐで、とても綺麗だった。


 きっと、この人達はやり残したんだろう。居場所だったところに戻りたいというのは、そのやり残したことを終わらせるのが目的なのだろう。


 でも、


「ダメ。外には出せない」


 私の意見は変わらない。


「考えが変わらないのなら、今日は帰って」

「まだ話は──っ、くっ!」


 私の背後から、複数の殺気が飛ぶ。

 それは、シュリとクロ以外のブラッドフェンリルで、これ以上、私への無礼を許すことはできないと、そう言っているように思えた。


 彼らはその殺気を直に受けて、何も言えなくなった。

 ずっと俯いていた女の人は、恐怖に耐えられなくなったのか、泣いている。可哀想だと思うけど、これは仕方のないことだから、何も言わない。


「考えが変わったら、また私のところに来て……ふぁ……ぁぁ……ん、」


 欠伸を一回。

 体を横に倒そうとすれば、もふもふの感触が押し付けられた。


 私はそのまま、静かに意識を落としていった。

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