11.安眠のために


『満足してもらえたみたいだな』


 私の食事が終わったのを見越して、クロは空になった瓶を回収してくれた。


「……うん。とっても、美味しかった」

『それは良かった。次に起きた時も持って来るようにしよう』


 今までは魔物が食べるようなご飯で良かったけれど、一度血液を味わってしまったら、もうあれ以外のものを食べたいとは思えなくなった。

 だから、これからの私の主食は誰かの血液になると思う。


 寝起きに最高のご飯。……素晴らしい。


「ありがとう。お願い」

『お安い御用だ』


 満足げに頷き、私はもふもふの中に沈む。


「それじゃ、私は、寝る……」

『すまない。もう少し待ってくれ』


 ゆっくりと瞼を閉じようとしたところに、クロが待ったの声を掛けた。


「……ん、なに……?」

『引き止めて申し訳ないが、捕虜にした人間をどうするか決めて欲しい』

「ほ、りょ……?」


 首をかしげる。


「人間は、全員殺したんじゃないの?」

『我々と敵対したのは騎士風の者達だけだ。奴らの後方に居た冒険者の三人は投降し、我々の捕虜になった』

「…………あ〜、…………」


 思い出した。森に入って来たのは、王国騎士? の人達だけじゃなくて、冒険者風の人も三人居たんだった。

 その人達はクロの言葉に従ってくれたみたい。

 単に命を優先しただけなのかもしれないけど、無駄に殺さずに終わったことを知って、安心している私がいる。


「その人達と、会ってみたい」

『──ダメだ!』

「っ、!」


 初めて聞いたクロの大声。

 驚いて、ビクッと体を揺らしてしまう。


『…………すまない。驚かせたな』

「ううん。私も急なことを言った。ごめんなさい」

『いや、今のは我が悪い。……だが、人間と会わせることはできない。奴らは欲深く、我々のことを金の材料としか思っていない』


 クロの言いたいことは、わかる。

 魔物はたくさん狩られて、人間達はそれでお金を得ている。

 捕虜にしたという冒険者は、特に魔物狩りを専門としている人達だ。クロがそう思うのも、無理はない。


 でも、


「あの人達は一度でも、そう言ったの?」

『そ、れは……』

「私は、その人達のことを知らない。それでも、クロ達の提案を聞いてくれた。普通は、敵に囲われるくらいなら、必死に逃げるか、抵抗すると思う」


 なのにその人達は逃げず、戦わず、こちらの言葉に従った。


「危険はない、とは言えない。もしかしたら危険なのかもしれない。……でも、このままだったら、みんなが納得しない」


 理由が何であれ、私は、私の命令で人間を街に招いた。魔物達は今すぐ殺したいだろうに、私のお願いを優先して聞いてくれた。


 それでも、不満を持っている魔物は居る。


 だから、そういう配下のために、彼らは危険ではないと教えてあげる必要がある。そうじゃないと、街で暮らすことになる人間も、元から住んでいる魔物も、みんなが居心地悪くなる……と思う。


 みんなの機嫌が悪くなると、私も居心地が悪い。

 それは私の安眠にならないから。解決できるなら、そうしたかった。


『……主の言いたいことは、わかる。だが、』

「だったらクロが守って。人間が少しでも怪しい動きをしたなら、クロの判断で殺してもいい。だから、お願い」


 クロの、赤くて綺麗な瞳を、じっと見つめる。

 それから数秒後。クロはわざとらしく、大きな息を吐き出した。


『一週間。人間を監視し、怪しい動きを見せなかったら、主と会わせる。それが条件だ』

「わかった。それでいい。ありがとう」

『気にするな。元より、主の決定を否定することなんて、我々にはできないのだからな』

「……それでも、我慢してくれてありがとう」


 多分、クロは今でも私と人間を会わせたくないんだと思う。

 それでも私の言葉だからと、自分のことを押し殺して聞いてくれた。そのことに感謝しているからこそ、私はクロに感謝の言葉を送る。


『それでは一週間後まで、主はゆっくりしていてくれ』

「うん、おやすみ……」

『ああ、おやすみ……我が主』


 クロは部屋を出て行く。

 その尻尾を見守った私は、再びもふもふの中に沈んだ。

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