9.人間が動き出した


 今日はいつもと違って、魔物達が騒がしかった。


 私は眠っていても、それなりに周囲の音は聞き取れる。

 だから、みんなが騒いでいるのが、何となくわかった。


 そしてそれは、あまり良いことではないとわかった。


「…………ねぇ、何があったの?」


 私の部屋に居るのは、ブラッドフェンリルのロームとシュリ。

 いつもは一匹だけなのに、今日だけは二匹が私に付きっ切りだった。珍しい。外で聞こえる騒がしい音と何か関係があるのかな?


 私が問いかけると、二匹はどうしようかと顔を見合わせていた。

 心配かけさせないようにと思っているのか、私に知られたら不味いことが起こっているのか。それとも別の何かなのかは、わからない。でも、私は知りたい。


「私は、みんなのことを仲間だと思っているから、何が起こっているのか知りたい。お願い。教えて?」


 シュナ達の目を見ながら真剣に頼むと、やがて二匹は同時に深い息を吐き出した。表情はわからないけど、こうなることを予想していた様子だ。


『……それを言われたら、断れないわよ』

『そうだね。クレア様を拒絶できる馬鹿は、この街に居ない』


 ──そんな奴がいたら、この街から追い出してやる。

 ロームはそう言ってクツクツと笑った。

 シュリは『クレアちゃんの前なんだから、物騒なことを言わないの』と嗜めるけど、聞いている感じ、その言葉は本気じゃない。彼女も同じことを思っているみたいだ。だから、一応の注意で済ませているように聞こえた。


『それで、街で何が起きているか、だったわよね』

「うん」

『……うーん、どこから話そうかしら』

「全部」

『……え?』

「全部、話して。聞きたい」


 思えば、眠ること以外に興味を持ったのは、これが初めてかもしれない。


 ……それだけ私も、魔物達のことを気にかけているってことなのかな。

 話を聞いて何ができるとか思わない。私は結局無力で、皆に守られているままだ。それでも知ることは、知りたいと思うことは罪じゃないから、私は全部が知りたいと、そう言った。


『長くなるわよ?』

「大丈夫。眠らないように、頑張る」


 私は上半身だけを起き上がらせて、グッと拳を握る。気合は十分。


『こっちもなるべくわかりやすく話すわね。最初は──』


 偵察で動いていた配下の魔物が傷を負って帰ってきたことが、始まりだった。


 傷を与えたのは、前にクロが言っていた森に入ってきた人間達。魔法で配下の位置がバレちゃって、囲まれたところをギリギリ逃げ出してきたらしい。


 これが魔物同士の争いだったら、ここまで大きくならなかった。

 相手が人間だから、街の仲間達は怒ってしまった。


 でも、クロが人間に手出しはするなと注意してくれていたから、その時は誰も人間への報復をしに行かなかった。それがありがたい。皆、ちゃんと話を聞いてくれたのが、嬉しかった。


 なのに、どうして騒ぎが大きくなってしまったのかと言うと、再び人間が動いたかららしい。


 偵察していた配下の魔物が言うには、人間達が森に入ったのは魔物の活動が変化しつつあるから。

 だから何日も森に入って、その調査をしていたみたい。


 そして見つけたのが、『漆黒の魔物』だ。

 私と『血の契約』をした魔物は全て進化して、黒色に変色している。


 普通ではあり得ない個体だから、人間はようやく手掛かりが掴めたと、配下が逃げた道を必死に探し回った。


 再び配下は見つかってしまい、また傷付いて帰って来ることになる。私との契約のおかげで死ぬことはないとしても、やっぱり人間に対して思うところはあるみたいで、魔物達の不満が爆発するのは時間の限界だと、シュリは言っていた。


 そして今日、人間達が街の近くまで接近している。


 彼らと応戦するかどうか、魔物達は会議を開いた。

 でも、みんなの不満は隠しきれなくて、応戦する声が高まっているらしい。

 今はクロがどうにか抑えている。一瞬でも目を離したら、誰かが暴走してしまうかもしれないから、こうなって騒がしくなっても、私のところに報告が来れないんだって……。


「みんな、戦うの?」

『これ以上、私達の場所に踏み入るようなら、止むを得ないわ』

『シュリ。言葉を濁らせないで正直に言っちゃいなよ。すでに人間どもを生きて帰すつもりはないってさ』

『ちょっとローム……!』


 シュリが声を荒げた。


「帰すつもりはない? どういうこと?」

『…………すでに人間達は、黒く進化した魔物のことを知ってしまった。このまま帰らせたら、周辺の国は私達『漆黒の魔物』を脅威とみなし、更なる戦力を投下してくるでしょう。……そうなれば、この街は今よりもずっと危なくなる。下手をしたら住む場所を移動することになるわ』

「ここを、捨てるの……?」

『そうなる可能性が高い。だから、絶対に、誰一人として帰らせてはダメなの』


 住む場所がなくなる。

 私がようやく手に入れた安息の場所が、奪われる。


 ──人間達に。


 それは、嫌だ。

 ここはみんなが頑張って作った街だ。


 人間に奪われるのは、嫌だ。


「…………わかった。みんなに任せる」

『いいの?』

「争いごとになるのは、悲しい。魔物も人間も、誰も死にたくないだろうから、あまり危険なことにしたくはなかった。でも、」


 私は言葉を区切り、息を吸う。


「私は、みんなの方が大切だから」


 誰かが死ぬのは悲しい。

 もっと平和になれば良いのにって、そう思う。


 でも、世の中はそんなに甘くないと、私は知っている。

 どんなに足掻いたところで、争いはどこかで起きてしまう。


 だから、我慢するしかない。


 これは必要な犠牲なのかもしれない。

 そんな言葉で片付けるのは嫌だけど、私達が平和に暮らすためには、人間達を生きて帰らせることはできない。それをダメだというなら、ここはもっと酷いことになる。


 だから、ここは我慢する。


「でも、無駄に殺すのは、ダメ。クロ達は話せるんだから、落ち着いて対話して、もう帰らせることはできないけど、平穏に街で暮らすことを提案して」

『もし、人間達が対話に応じなかったら?』

「その時は仕方ない」


 みんなを助けたいと言えるのは、力のある人だけ。


 私には、そのような力は無い。

 配下のみんなを守りながら、人間達とも仲良くできる力は、持っていない。


 ──だから諦める。

 誰かが死ぬのは嫌だけど、私の我が儘でみんなが苦しむのは、もっと嫌だから。


『…………わかった。このことをクロ達に伝えてくるわ。ローム、悪いけどここを任せて良いかしら?』

『りょーかい。クレア様は命に代えても絶対に守るから、任せて』

『頼んだわ』


 シュナは部屋を出て行く。

 きっと、みんなに私の考えを伝えに行ってくれたのだろう。


『大丈夫だよ、クレア様』

「ローム……?」

『不安になるのはわかる。でも、クレア様のことは俺達が絶対に守る。だから、心配しないで』

「…………うん」


 これからのことを考えると、やっぱり心配になってしまう。


 ──みんな、無事でいられますように。


 私は両手を合わせ、そう祈った。

 この願いが届きますようにって、強く、祈り続けた。

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