4.誰かが来たみたい
それから私は眠り続けた。
身の回りのお世話はクロ達がやってくれる……と言ってもやることは、私が生きているかどうかの確認をすること、狩りで採ってきた食料を運んでくること、日替わりで私の抱き枕になることの三つだけだ。
それ以外のことは、クロ達は何もしない。私が必要以上にお世話しなくていいと言ったから。
屋敷でもそうだった。周りをちょこちょこ動かれると安心して眠れないし、私は眠っているだけなんだから、お世話することもない。だからクロ達も、代わる代わる私を見守るだけで他に何もしない。
──そうやって静かに眠り続けていた私の耳に、騒ぎ声が入ってきた。
契約しているブラッドフェンリル達の気持ちも、普段より昂ぶっているのを感じる。
これは『血の契約』の効果で、下僕の気持ちが私に流れ込んでくるのだ。普段は勝手に流れ込んでこないよう、堤防みたいなのを設定しているんだけど、それよりも大きな感情を抱いたら、堤防を越えてこちらに来てしまう。
つまり、クロ達が荒れるほどの事態が、今起きているということになる。
「…………なに」
『さぁ……でも、クレアちゃんは心配しなくていいわ』
今日の抱き枕──ゲフンゲフン。
今日の護衛のブラッドフェンリル──シュリ──は何も心配ないと言ってくれる。それは私を心配させないようにと思っているのか、本当に何も問題ないと思っているのか。
でも、クロ達の感情が溢れてくるんだから、相当大事になっているんだと思う。
『気になる?』
「気になる、けど……私は何も出来ないから、静かにしてる」
私は防御面では最強だと思う。吸血鬼の弱点である『日光』と『聖属性の魔法』に耐性を持っているし、それ以外の全ての攻撃には完全耐性がある。私に攻撃を加えられる人は、まずいない。だから私は、『高貴なる夜の血族』として重要視されていたはずだった。
でも、攻撃手段は何も持っていない。
唯一できるとすれば殴るとか、蹴るとか?
だから私が行ったところで、何かが変わるとは思わない。むしろ邪魔になる。
だったら、私がするのは眠ることだけ。
「もっかい、ねる」
『主!』
シュリのお腹に抱きつき、再び夢の中に行こうとしたところで、クロが慌てた様子で部屋に入ってきた。相当焦っているのか、いつもは入室の許可を求めてくるのに、一言も許可を取らずに入ってきた。
『ちょっとクロ。クレアちゃんがびっくりしちゃうでしょ』
『あ、ああ、すまない』
「……ん、気にしていない。それで、どうしたの?」
クロが慌てているのは知っていたけど、まさか駆け込んで来るとは思っていなかった。私に用があって来たのはわかるけど、何があったんだろう?
『他種族の魔物が、主の傘下に加わるから保護してくれと……』
なんで私のところに? とは思った。
でも、私がフェンリル達を従えているという噂が、この森に生息する魔物達の間で流れていたのなら、強い者に保護してほしいと思うのは、当然なのかもしれない。
『傘下に、って……大丈夫なの?』
『わからん。だが、我らだけで決めることはできない。だから主に判断を委ねることにしたのだ』
……そっか。クロ達が騒いでいたのは、他の魔物がやって来たからなのか。
私は納得して、三度、シュリのお腹に沈んだ。
「睡眠の邪魔、しないなら……好きにして」
そういうの、私には何が正しいのかわからない。私の判断とかどうでもいいから、勝手に決めて、好きにしてほしい。その程度のことで起こさないでほしい。
だから私は、突き放すようにそう言った。
◆◇◆
なんか最近、建物の外が騒がしくなったような気がする。
クロ達が騒いでいる感じではない。
でも、物音が立て続けに聞こえるようになった。
「…………うるさい」
『申し訳ありません、クレア様。もうしばらく我慢していただけると幸いです』
「…………むぅ」
不満を口にすると、すぐに謝罪が頭上から降って来た。
今日の護衛はラルクという名前のブラッドフェンリルだ。この子は、彼らの中では比較的大人しい性格をしている。ラルクはクロを含めるブラッドフェンリルの中で一番若いらしいけど、それでも身体を伸び縮みさせることはできるみたい。
多分、あれはフェンリル特有の能力みたいなものなのかな。
それとも、大きな魔物はみんなこういうことができるのかな? 詳しいことはわからない。私はまだ魔物のことをよく知らないんだなぁと、つくづく思う。
「みんな、何してるの?」
『新たに里に加わる魔物を受け入れる準備をしています』
「魔物。むぅ……」
前にクロが言っていた『傘下に入る代わりに保護を求めてきた魔物達』のことなのかな。
だったら、文句は言えない。
好きにしてって言ったのは私だから、それで怒るのは理不尽だと思う。
でも、準備、大変そう。
最近と言っても、数日前からやってる。手数、足りてないのかな? それとも傘下に加わりたい魔物が多いのかな?
「数、いっぱい?」
『はい』
「手こずってる?」
『なにしろ専門家が居ないので、準備に多少の遅れは出ています』
「ラルクも手伝いに行って、いいよ?」
『いいえ。俺の今日の役目は、クレア様の護衛です。絶対に貴女から離れません』
「…………そう」
つまり『絶対に私から離れねぇぞ』ってことか。
意外と、私は大切に思われているのかな。契約者だから贔屓されているだけかもしれないけど、今まで誰にもそのようにされなかった私は、それが少しだけ、嬉しいと思った。
『クレア様は何も気にせず、好きなようにいてください』
ラルクはそう言い、私を包み込むように身体を丸くさせる。もふもふの感触が気持ち良くて、私はまた、瞼が重くなった。
顔を埋めると、お日様の匂いがした。それもまた安心する。不思議だ。吸血鬼は日光に関する全てが苦手だけど、私はこの匂いが好きだ。
「……ぅん……おやすみ」
私はこの感情に身を委ねる。
やっぱり私は、眠ることが大好きなのだ。
『おやすみなさい、クレア様』
優しく囁かれたその言葉を最後に、私の意識は深く、落ちていった。
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