2.大きな狼さん


 ずっと眠っていると言っても、たまには目を覚ます。……まぁ、一週間に一回くらいの頻度で、一時間くらいすればまた眠くなるけど、それでも一応起床したと言えるだろう。


「……ふ、ぁ……はぁ……」


 私は体を起こし、見慣れない光景に首を傾げた。


「あ、そうだ。追放? されたんだった」


 知らないお爺ちゃんに「追放だー」って言われて、その部下っぽい人達に捨てられたことを思い出す。


 どうして捨てられたのかは……まぁ、理解している。

 私が何もせず、何百年もずっと眠っているから、そのお爺ちゃんは我慢ならなくなったのだろう。それくらいの常識はわかる。直そうとしないだけだ。


 あの老人が誰なのかは結局わからなかったけど、みんなに偉そうに命令していたから、それなりに地位の高いところにいた人なのだろう。その人が私を追放した。


 そういえば、パパはどうしたんだろう?


 パパも私を追放することの賛成したのかな。……そう考えると悲しいけど、こうして追放されてしまったのだから、仕方ないと割り切るしかない。


 どうせ私は帰ることができない。

 運ばれている間も寝ていたし、途中で起きても、目は瞑ったままだった。だから道を覚えていないし、覚えるのも面倒だ。頑張れば帰れるのかな? ……でも、やっぱり動くのは面倒臭いな。



 私は『高貴なる夜の血族クイーン』っていう、吸血鬼の中でもかなり稀な部類で、吸血鬼の弱点である『日光』と『聖属性の魔法』に耐性があって、他の属性の魔法、斬撃や打撃などの攻撃に完全耐性を持っている。腕を切り落とされてもすぐに再生するし、寿命で死ぬことはない。


 唯一気をつけるのは、定期的にご飯を摂取するだけ。吸血鬼だから血を吸わなきゃいけないという認識が普通なのかもしれないけど、私は普通の人間が食べる物でも生き永らえることは可能だ。一番効率が良いのは『吸血』だけど、必須ではない。


 それは私が『高貴なる夜の血族』だからなのか、吸血鬼がそうなのかは、わからない。今まで寝てばかりで、他の吸血鬼のことを知ろうとしなかったから、私以外のことはよく知らないのだ。ぶっちゃけると、私のことだってよくわからない。


 私は、全てに興味が無い。


 誰がどうなろうと構わないし、誰にどう思われていようと、知ったこっちゃない。私は眠り続けられれば、それでいい。他のことは全て、どうでもいいのだ。


「ふぁ……ぁぁ……」


 色々と考えていたら、また眠くなってきた。私は大きな欠伸を一回、ゴロンと横になる。


 ──ガサ、ガサ。


 目を閉じると、周囲の音が良く聞こえるようになる。

 何かが草木をかき分けてこちらに近づく音と、その気配を感じて、私は一度閉じた瞼をゆっくりと開いた。


 森には『魔物』という怖い生き物が住んでいるって、パパが昔教えてくれた。魔物はどこから生まれているのか不明で、色々な種族から敵として認識されているみたい。その中でも言葉を話せる魔物は、知性も実力も兼ね備えていて、とても厄介らしい。


 でも、問題はないかな。


 私は半分不死のような体だ。噛み砕かれても引き裂かれても、頭を潰されてもすぐに再生する。痛みも感じないから、パパからその話を聞いた時も「へぇ〜、大変そうだなぁ」くらいにしか感じなかった。

 だって、この世界に私を殺せる人は存在しない。

 警戒する必要がないから、怖がる必要もない。だから私はその場から一つも動かず、謎の気配を待ち続けた。


「ぐるぅ……?」


 やがて姿を現したのは、真っ白な獣だった。本で読んだことがあるけど、多分『狼』っていう種族だったかな? でも、本の狼は白くなかったし、小さかった。この狼さんは私の身長の何倍もあって、私を丸呑みできそうなくらい、大きな口が付いていた。

 …………そういえばパパは、魔物はこの世界にいる動物に形が似ていると言っていた。だから、この狼さんも魔物なのかな?


「ぐるる」

「……?」

「ぐるるる?」

「ごめんなさい。何言ってるか、わかんない」

「くーん……」


 魔物は首を下げた。なんか、しょんぼりしているみたい。


 パパは、魔物は凶暴な奴が多いって言っていたけど、目の前の魔物は大人しくて、私に襲いかかるようには思えない。だから、珍しい魔物なのかな? 魔物じゃないっていう可能性もあるけど、多分魔物だと思う。


 生き物には、『魔力』というものが絶対に流れている。この狼は、その魔力が特に濃厚……というか、ほとんどが魔力で形成されている? とても不思議。生き物ではあり得ない。


 確かに魔力を多く体に取り込んでいる種族もいる。私達『吸血鬼』もそうだけど、それでも割合としては8割くらいの魔力構成だ。なのにこの狼さんは、ほとんどが魔力でできている。やっぱりあり得ない。だから魔物なのかなと思ったけど、言葉が通じないから確認も取れない。


「ねぇ狼さん。あなたは魔物なの?」

「ぐるる」


 狼さんは頷いた。

 こっちの言葉は通じるみたい。でも、狼さんの言葉はわからない。不便。


「あ、そうだ。狼さん。私と契約しない?」

「ぐるる?」

「契約。私と契約すれば、狼さんは強くなる。心も通じるようになるから、会話、できるかも?」


 動くのは面倒だけど、こうやって言葉が通じないままなのは、もっと面倒。だから狼さんと契約して、お話しできるようになれば、そっちの方が楽だと思った。

 『高貴なる夜の血族』は、自分よりもか弱い存在と契約を結ぶことができる。色々と恩恵はあるけど、契約すれば凄く強くなって、私と契約したものは離れていても意思疎通が可能になる。というのが、一番わかりやすい恩恵だ。


「ぐるるる、くぅーん」


 狼さんはその巨体を小さくさせた。物理的に。どうやら伸縮可能らしい。面白いな。やっぱり普通の狼じゃないんだなぁと、内心思う。


「それじゃあ、受け入れて」


 吸血鬼の上位種しか扱えない『血の契約』。方法は簡単で、私の血を分け与えればいい。後は契約する人が受け入れてくれれば、私との契約は成立する。


 そして、私と狼さんの契約は無事に完了した。

 二人の体がまばゆい光に包まれ、私の方にも力が流れ込んでくる。


「………………わぁ」


 光が止んだ時、私は驚きの声を出した。

 狼さんの毛色が、真っ白から、少し紫掛かった黒色に変色していたからだ。


 これには狼さんも驚きを隠せないのか、自分の身体を見下ろして「ぐるる?」と首をこてんと横に倒している。


「【鑑定】」


 名前:???

 種族:ブラッドフェンリル


 これは『血の契約』をした相手の情報だ。

 名前が『???』になっているのは、この狼さんには名前が無いから。種族が『ブラッドフェンリル』になっていることが、おそらく毛色の変化に関わっているんだと思う。


 ブラッド……血っていう言葉があるから、毛色は赤くなるんじゃないの? と思ったけど、よくよく考えたら真っ赤な毛並みの狼さんとか不気味すぎる。それならまだ紫に近い黒の方がカッコいいから、これで良かったのかもしれない。


「狼さん。元の種族が、フェンリル?」

「ぐるる(うん)」


 頷いた。合っているみたい。

 意思疎通も何となくわかる。契約するとこんな感じで会話できるようになるのか。実際に「うん」とは言っていないのだろう。私にわかりやすい解釈で伝えられているみたい。だから、何となくだ。


「狼さん。ブラッドフェンリルって種族になってる。多分、契約して種族、変わった?」

「ぐる?(本当か?)」

「うん。違いとか、変なところとか、ある?」

「ぐるる。ぐるる(力が溢れている。感謝する、我が主)」

「主?」

「ぐるる? ぐるるる(契約の主だろう? だから我が主だ)」

「……うん。まぁ、別にいいや」


 とりあえず、最初の目的だった意思疎通は可能になった。だから、まずはそのことを喜ぼう。……難しいことを考えるのは面倒とも言う。


「私は寝る。おやすみ」

「ぐるる(ああ、おやすみ)」


 久しぶりに動いて、疲れた。

 しかも、目を覚まして一時間以上も経っている。


 唐突に眠気が襲ってきて、私はそれに抗うことなく、静かに目を閉じた。

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