転校してきた美少女の広瀬さん、本当は友達が欲しい。

紅狐(べにきつね)

本当は友達が欲しい


 初夏。季節も春から夏に変わりはじめ、空がいっそう青く感じる。

高校生活にも慣れ始め、毎日があっという間に過ぎていく。


「やっべ、遅刻だー!」


 いつもは自転車を使っているが今日は学校まで走る。

どうして自転車がパンクしているんだよ!

いつもの通っている道だと、少し遠回りになる。

今日だけは許してください!


「おじゃまします!」


 普段は通ることのない住宅街を走り抜けていく。

こっちは道が狭いので、普段自転車で使うことはない。

そして公園の入り口付近を確認する。

この公園を突っ切れば学校は目前、これなら間に合う。


「ん?」


 ふと、ベンチに腰かけている人に目がいく。

その子は黒のセーラー服に、長い黒髪。膝に猫を抱え、日向ぼっこをしているようにも見える。

学生? 学校は? それに、見たことのない制服……。


 俺はその子を横目にみつつ、目の前を走って通り抜ける。

その子はチラッと俺の方に視線を向け、そして一瞬だけど目が合った。


──かわいい


 一瞬だけど心を奪われたのかもしれない。

そして俺は走って公園を出て行ってしまった。


 女の子、だよね。幽霊とかじゃないよね?

もやもやしながら昇降口で上履きに履き替え、教室を目指しダッシュ。


「ギリギリセーーーフ!」

「アウト」


 先生が容赦なく切りつける。


「え? まだ出席取り終わって……」

「終わりました、残念。はい一条君、席座ってね」


 反論の余地なし。しぶしぶ自分の席に座る。


「おしかったな」

「くっそ、パンクさえしていなければ……」


 この日は学校帰りに自転車のパンクを直してから自宅に帰る。

これで明日は遅刻しないで済む。


 ◆ ◆ ◆


「おはようございます」


 今朝は遅刻しないですんだ。流石自転車、走るよりも速い。


「今日は転校生を紹介しますね。皆さん、仲良くするように」


 高校一年の七月。彼女は転校してきた。


「東京から来ました広瀬愛(ひろせあい)です。初めに皆さんに伝えたいことがあります」


 目を疑う。昨日公園で猫を抱っこしていた彼女だ。転校生だったのか……。


「私はこの学校で友人を作る気はありません。あまり話しかけないでください」


 教室がざわつく……。なんだ? 友達はいらないって?


「何あの子、ちょっと可愛いからって……」

「俺らとは友達になれませんってっさ」

「これだから都会者は……」


 口には出さなかったが、俺も彼女とは友達になれなさそうだ。

だが昨日とはちょっと違う印象を受けた。生気がないというか、うつろというか……。


「えっと、広瀬さんは前の学校の制服のままで、教科書もまだ持ってません。一条君の隣の席が空いているので、席はそこで。あと、教科書がそろうまで一条君が見せてあげてください」

「お、俺がですか?」

「あと、放課後に簡単でいいから学校を案内してあげてね」

「嫌ですよ、俺も部活が……」

「昨日遅刻したので、よろしく願いします。先生のお願いを聞いてくれると嬉しいんですけどねー」


 先生の笑顔が怖い。


「わ、わかりました……」


 隣の席に座る広瀬さん。教科書が揃うまではしょうがないので見せることにする。


「ほら、一時限目は現国だ」

「いいわ、見せてくれなくても」


 かちーん。なにその言い方。せっかく親切で見せてやろうとしているのに!


「っち、じゃ見せないからな」

「あまり私にかかわらないで」


 冷たい一言。


 案の定広瀬は孤立した。誰も話しかけず、誰も近寄らない。

俺も関わらないようにしている。


 そして迎えた放課後。


「しょうがないから学校を案内してやるよ」

「別にしなくてもいいわ。覚えても無駄だし」


 覚えても無駄? なんでそうなるんだ?


「ほら、いいから行くぞ。最低限の事だけ案内したら終わりだ。案内が終わらないと俺が帰れないんだよ。早くしろ」


 広瀬は無表情のまま席を立ち、俺の後ろを歩き始めた。


「この廊下を進むと体育館、あっちが屋上に続く階段、あと、この先は購買」

「購買?」

「学食もあるな。あとパンとか文具も売ってるし自販機もある」

「そう……」


 そっけない返事。どうやら俺の声が嫌なのか、そもそも一緒に歩くのが嫌なのか。

だんだんめんどくさくなってきた。



「ほら、ここで最後だ。あっちが実習棟。技術とか家庭科とかするところでもあり、それ系の部室でもある」

「……っあ」


 広瀬は俺の話を聞かず、渡り廊下を抜け、実習等の裏に走って行ってしまった。

おい、人の話は最後まで聞けよ!


「なんだよ、こいつ……」


 俺は広瀬の後を追い、実習等の裏に行く。


「ふふっ」


 広瀬は座り込み、何かしている。しかも笑ってる?


「何してるんだ?」

「猫……」


 広瀬の腕には真っ黒な猫が。


「猫? なんでこんなところに」

「この子は自由なのよ。いいわね、自由って……。好きなところに行って、好きなことをする」


 自由ね……。でも、ご飯とか雨とか大変だと思うぞ?


「猫、好きなのか?」

「好き? わからない。でも、人よりは猫の方がいいわね」


 人より猫。なんかイライラするな……。


「あ、っそ」

「人と違って、猫とサヨナラしてもあまり悲しくならないからね……」


 それってどういう意味だ? サヨナラ?


──ピピピピピピピ


 スマホの音が聞こえる。


「はい、広瀬です」


 広瀬は猫を地面に戻し、スマホを取る。


「え? 父が! はい、はい……。わかりました、すぐに行きます」


 広瀬は少し慌てている。何かあったのか?


「学校案内はこれで終わり。私、もう行かないと」

「何かあったのか?」

「あなたには関係のないこと」

「そうかもしれないが、話せないことなのか?」


 なんでこんな奴のこと気にかけないといけないんだ?

こいつは嫌な奴。人よりも猫が好きで、友達もいらないっていう、嫌な奴なのに。


「……父が事故で搬送されったって。五橋病院」


 五橋病院……。ここからそう遠くはないな。


「場所、わかるのか?」

「スマホで調べていくわ」


 何だこいつ、そんな泣きそうな表情しやがって。

ここで見放したら、後味が悪くなるじゃないか。くそっ。


「荷物は?」

「ここに全部持っているけど?」

「行くぞ」

「行く? どこに?」

「まだこっちにの地理わからないだろ? ついでに病院も案内してやる」

「……」


 広瀬は何か言いたそうな顔で、俺の方をまっすぐにみている。


「なんだよ、人が親切に言ってやっているんだ。ほら、急いでいるんだろ?」


 俺は広瀬の腕をつかみ、歩き始める。


「な、まだ私は一緒に行くって──」

「別に一緒に行かなくてもいいよ。俺の後をついてこい。ほら、早く」

「わかったから、その手を放しなさいよ」


 そう言われ、俺は広瀬の腕を離し昇降口に向かった。

正門を抜け、病院に向かう。この時間はどこも混んでいる、人波を避けて向かいたいところだ。


「こっちだ」


 普段みんなが歩く道を通らず、裏道を歩く。

この道を抜ければ病院はすぐそこだ。


「着いたぞ」

「もう着いたの?」

「あぁ、そんなに遠いところじゃなかったしな。お父さんいるんだろ? 早く行けよ」

「……ありがと」


 広瀬は明後日の方を見ながら俺に礼を言う。

なんだ、お礼位は言えるんだな。


「じゃ、俺は帰るからな。明日も学校来いよ」

「……お礼」

「ん?」

「ジュース位出すから、一緒についてきてよ」


 なんだ、お礼もくれるのか? ちょうど喉も乾いていたし、せっかくだからもらっておくか。

広瀬の後をついていき、お父さんがいると追いう病室まで後を追う。


「お父さん!」


 ベッドに横になっていた男性。この人が広瀬のお父さんか。


「なんだ、愛か。どうしたんだそんな顔して」

「え? だって緊急搬送されたって……」


 見た感じ腕に包帯は巻いているけど元気そうだ。

緊急搬送って、何があったんだ?


「あ、あぁ。緊急搬送されたのは仕事仲間で、お父さんはこの通り、それなりに元気だ」

「よ、よかった……」


 広瀬もそんな表情するんだな。てっきり冷酷で氷のような冷たい女だと思っていたよ。


「念のため今日は検査で入院だが、明日から仕事に戻るぞ」

「そっか、顔見たら安心したよ」

「っと、その子は?」


 お父さんが俺の方に視線を向ける。


「この人はクラスメイトの……」


 俺の名前覚えていないんだろ? ま、そうですよねー。


「一条です。広瀬さんが急いでいたので、ここまで道案内をしました」

「そ、そう。クラスメイトの一条君。学校も案内してもらっていたの」


 しどろもどろで俺について説明を始める広瀬。

変な奴だ。


「それはそれは、ありがとう。愛、ほらこれでジュースでも買ってきなさい。一階に売店があるから」

「うん、わかった。いってきます」


 病室に残された、俺と広瀬父。俺にどうしろと……。

予想通り沈黙のまま数分が経過しようとしている。


「あの子、愛はクラスメイトと仲良くやっていけそうかね?」


 無理ですね。


「そうですね、まだ慣れていないところも多いので、何とも……」


 言葉を濁す。


「そうか。今まであの子は引っ越しが多くてね。同じ場所に二年もいなく、友達も……」

「そうなんですね」

「高校だって入学したばかりなのに、また引っ越すことになるなんて」

「大変ですね」

「優しくて、いい子なんだよ。でも、一度も友達を家に呼んだこともない、きっと学校でうまくやっていないんじゃないかと心配でな」


 おっしゃるとおり。初日から色々とありましたよ。


「なぁ、一条君。愛と友達になってやってくれないか?」

「友達?」

「愛は、本当は友達と遊びたいんだと思う。でも、仲良くなってもすぐに別れるから、友達を作るのをやめてしまったんだ」

「友達つくりをやめる……」

「短い期間でも、その時の思い出をたくさん作ってほしんだよ」


 転校が多すぎて、友達と別れるのがつらいから友達を作らない。

合理的で理にかなった行動ですね。



 理にかなっている? 嫌、違うな。そんなのでいい訳がない。



「わかりました。僕にできる事があれば」

「すまないね。こうして会うことができたのも、何かの縁だ。頼りにしているよ」


 頼りにされてもね……。


──ガララララ


「ただいま」

「お帰り。売ってたか?」

「お茶と、コーヒーと、紅茶。炭酸と牛乳と──」

「おいおい、それは何でも買いすぎだろ?」

「一条君が何を飲みたいかわからなくて……」


 俺が何を好むのか、ほとんど初対面に近く会話らしい会話もない。

知らなくて当然だよな。


「俺は紅茶が好きだぞ。これ、もらってもいいか? 広瀬さんは何が好きなんだ? コーヒーか?」


 回答に困っているのか、俺に話したくないのか。彼女はしばらく口を開かなかった。


「……お茶」

「お茶か。じゃ、この中だったらこれかな?」


 一本手に取り、広瀬に渡す。


「あ、りがと」

「いえいえ。ごちそうになります」


 ふたを開け、のどを潤す。うまい!


「愛、お父さんいままで引っ越しが多かったけど、しばらくは引っ越ししなくて済みそうだぞ」


 広瀬の表情が変わる。目を見開き、お父さんの方を見ている。


「え? な、なんでよ? 今までは長くても一年半、一番早かった時なんて三か月だったじゃない!」

「今日、現場で事故があってな。これからお父さんの力が必要みたいで、少なくとも三年はいれそうなんだ」


 三年、だったら卒業までは転校しないってことだな。


「そ、そんな! 私聞いてない! 聞いてないよ!」

「悪い、さっき監督が来て言われたばっかりでな。お父さんもさっき知ったんだよ」


 広瀬は瞼にうっすらと涙を浮かべながら、お父さんを睨みつけている。


「どうして、どうしてあと一日早く、どうして……」


 あぁ、そういうことか。

今朝の自己紹介で完全に孤立してしまったもんな。

いまからその関係を戻すって、あるいみ無理ゲーですね。


「引っ越し、嫌だったんだろ? ほら、東条君もいる事だし、卒業まではいまの学校で──」

「お父さんの、バカ!」


 広瀬は手に持っていたお茶をお父さんに投げつけ、病室を出て行ってしまった。


「なんで、あんなに怒っているんだ? せっかくいい話だと思ったんだが……」


 どうしよう。今日の出来事を話した方がいいのか?

いや、言わない方がいいな。心配かけさせたくないだろうし。


「えっと、広瀬さんは学校で友達出来ますし、みんなと仲良くやっていけますよ。僕が保証します」

「そうか、ありがとう」

「では、広瀬さんが心配なので、ちょっと探してきますね」

「あぁ、頼むよ」


 病室を出た俺は左右を確認する。

当然広瀬はいない。さて、どうしたものか。連絡先なんて知らないしな。


──ガチャ


 広瀬を探し、初めに来たのは屋上。

土地勘のない広瀬はきっと走って出ていく先がないだろう。

きっと病院内にいると思ったんだけど、人に会いたくない時って屋上って相場は決まっている。


「おい、何してるんだ?」


 案の定広瀬は、屋上のフェンスに寄りかかって空を見上げている。

近寄ってみると、頬にうっすらと一本の跡が残っている。涙、か。


「別に」

「そっか。いいお父さんだな」

「ぜんぜん良くない。全然よくないよ……」

「引っ越しの事か?」


 空を見上げたまま広瀬は話始める。


「私ね、友達いないの。どこに行っても、いつでも一人。引っ越しが多すぎたの」

「何回くらい?」

「さぁ、十回までは数えていたけど、途中から数え飽きちゃった。どうせ、すぐにいなくなるんだし」

「今回もすぐに引っ越すと思ったのか?」

「そうよ。冬までにはいなくなると思ったわ」

「そうか、それはそれは、早い引っ越しだな」


 広瀬の隣に立ち、持ってきたお茶を渡す。


「ほれ、お茶好きなんだろ? まだ開いていない」

「これは?」

「さっき広瀬がお父さんに投げつけたやつ」

「お父さん……」

「あぁ、お父さんは大丈夫だよ。広瀬が投げつけたお茶も普通にキャッチしてたし」

「そう、良かった」


 なんだ、やっぱり心配していたのか。


「友達、ほしいのか?」

「わからない。でも、友達って仲良くなっても別れるし、別れることになったら心が痛いの。だから、作らないことにしたのよ」

「心が痛いか……」

「ふっ、そしたら今度は引っ越ししないって。どうして、あと一日早く教えてくれなかったの……。学校、行きたくない……」


 今朝の事を考えれば、行きたくなくなるのか。

でも、卒業までいるんだろ?


「はぁ、しょうがないな。ほれ、手を出しな」


 俺は広瀬に右手を差し出す。


「何?」


 広瀬も俺にむかって右手を差し出した。

その手を俺は握りしめ、広瀬の目を見つめる。


「俺が友達一号だ。異論、反論は認めん」

「え?」

「だから、友達。広瀬の為じゃなく、お父さんがいい人だったからさ! ジュースも買ってくれたし」

「……」


 広瀬は無言のまま握られた自分の手を見ている。


「なんだ? 嫌なのか? じゃ、友達じゃなくてもいい、ただのクラスメイトってこと──」


 突然広瀬は顔を上げ、俺の俺の目をまっすぐに見つめる。


「そ、そんなんじゃない! 違うの、ど、どう答えたらいいのか、わからなくて……。と、友達って何?」


 友達? なんだろ? 話し相手? 気の合う仲間? 共通の趣味?

そもそも俺もよくわかっていない。


「友達か。ほら、こうして一緒にジュース飲みながら屋上で話して、お父さんのお見舞いに来る。それって友達じゃないか?」

「これが、友達?」

「まぁ、正直俺もよくわからないけどな」


 広瀬の顔を見ながら話をしているが、段々と広瀬の表情が変わってきている。

頬を赤くし始め、目も泳いできた。


「どうした?」

「えっと、そろそろ手を……」


 ずっと握ったままでした。


「ご、ごめん! そんなんじゃないんだ! そうじゃないんだよ!」


 慌てて俺は広瀬の手を放し、数歩距離を取る。


「あ、あの……」


 広瀬は何か俺に伝えようとしている。


「な、なんでしょうか?」

「ごめんなさい。今日一日そっけない態度取ってしまって、ごめんなさい。あと、病院まで案内してくれてありがとう」


 『ありがとう』


 感謝の言葉を俺はききながら、夕日の光を浴び、赤くなっている彼女を見つめる。

 

 『優しくて、いい子なんだよ』


 優しくて、いい子。もしかしたら引っ越しがなければ、広瀬は友達がたくさんできたのかもしれない。

もしかしたら広瀬は、孤立しなくて済んだのかもしれない。

もしかしたら、もっと毎日が楽しいのかもしれない。


「どういたしまして。何か困ったことがあれば、友達を。俺を頼れよ」


 彼女は満面の笑顔で微笑む。


「ありがとう。私も、友達が出来たんだね」


 夕日に照らされながら、俺と広瀬は今日、友達になった。

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転校してきた美少女の広瀬さん、本当は友達が欲しい。 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox

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