第16話
宿主になったギルバートを目にして、カーズは棒立ちになった。世界から急速に色が失われて、現実味がなくなっていく。
「ぼさっとしてんじゃねえ! 構えろ! チャンスがあったら撃て!」
リーガルの吼えるような低い声が、カーズの耳を打った。
「相手が誰だろうと関係ねえ! 宿主と妖魔は始末する。いつも通りだろうがっ!」
リーガルの言葉は隊員たちへの叱責であり、リーガル本人の割りきりであり、カーズへの喚起でもある。自分の立場を思い出せ、と。
「そうだ! 撃て! 俺を仕留めてみせろ!」
ギルバートの目が爛々と輝く。共に妖魔と相対する度に頼もしいと思わせてくれた、あの不敵な笑みで、斬りかかってきたリーガルの剣を受け止める。
ギルバートの体は第二部隊の中では小柄だ。対するリーガルは南の狩猟民族の血が色濃いため、体躯も大きくバネもある。訓練でのリーガルの相手は腕が痺れると、ギルバートがよくぼやいていたものだ。
ガイン! 上から振り下ろしたリーガルの剣と、迎え打ちに逆袈裟に振り上げたギルバートの剣が、重みのある金属音を鳴らした。
「ぐおおおおっ」
そのまま押し込もうとリーガルが額に青筋をたてる。制服の上からでも、リーガルの盛り上がった筋肉が分かるほど力を込めているのに、びくともしない。
妖魔の影響か。ギルバートは右半身麻痺の影も形もないどころか、現役時代よりもパワーがありそうだった。
「うお!」
小さく引かれてリーガルがたたらを踏んだ瞬間、ギルバートが離れる。そこへ銃声が響いた。
膠着状態を好機と見たウィークラーが、ギルバートへ向けて発砲したのだ。避けられた銃弾は、棚の酒瓶を破壊した。ウィークラーに追縋した隊員たちが次々と銃声を響かせ、派手な音と共に硝子瓶の破片と酒が飛び散っていく。
「はははっ! 流石だお前ら!」
ギルバートは店内を走り、的を散らせた。速い。妖魔の身体能力に加え、ギルバートは戦い方を知っている。普通の妖魔と違い、着弾させるのは至難の業だった。
「うおわっ」
ウェルドが入り口横の床に伏せた。流れ弾に当たっては堪らないと、そろそろと隊員の後ろ側へ動く。
「あんたはアタシの後ろにでも隠れていなせェ」
ウェルドの前にハヤミが立った。
無造作に下げている抜き身の剣は細く、反り返っている。ミズホ国特有の細剣で、刀という。
「ぬおおお!」
銃弾を避けて突っ込んできたギルバートに、リーガルが水平に剣を振り抜く。
胴を薙ぎにいったその攻撃を、ギルバートは膝を曲げて低くかわした。そのまま地を這うように下を掬い上げる攻撃へ繋げる。
「リーガル!」
カーズは後ろへ跳んで避けようとしていたリーガルの襟を掴み、思い切り己の方へ引き込んだ。
ブン! と唸りを上げてギルバートの剣が、リーガルの足の数センチ先を通り過ぎていく。体勢を崩して後ろへ倒れたリーガルの代わりに、カーズは前へ出た。
返す刀で斜めに斬り上げたギルバートの剣を、流して弾きながら肉薄した。剣を流されたギルバートの懐が開く。カーズは振りかぶった剣をギルバートの脳天に叩き込もうとして。
躊躇った。
迷いは刹那。命のやり取りの場で、その刹那は致命的だった。
流れた剣を翻しつつ足捌きで身を半回転させて、カーズが振り下ろす剣を避けたギルバートが、真っ直ぐに剣を突き出す。
瞬間のズレを経て、カーズの剣が先程までギルバートのいた場所へと到達する。渾身の力で振り下ろした剣は虚空を薙いで床を叩いた。
剣を振り下ろしたカーズに、ギルバートの刺突が迫る。その動きがやけにゆっくりと見えた。
避けろ、いや間に合わない。
防御、無理だ。
ここから避けるなり防御の体勢を取るよりも、ギルバートの剣の方が速い。危機に陥ったが為にゆっくりに見えているが、そう感じているだけだ。周りの風景と同じく、カーズもゆっくりとしか動けず、意識だけが加速している。
「クソがっ!」
リーガルの吼え声と同時に、今度はカーズが引っ張られた。これでも間に合わないと、カーズの意識が冷静に判断していた。ギルバートの剣はカーズの心臓を貫くだろう。
ドスッという、剣が肉に刺さった鈍い音が店内に響いた。
「リーガルッ」
カーズの前に身を滑り込ませたリーガルの肘に、深く剣が刺さっていた。
「ぐぬぉあ!」
リーガルは剣が刺さった肘の筋肉をぐっと締め、抜きづらくしてから渾身の力でギルバートの胸を蹴る。そのままカーズを巻き込んで床へ倒れた。
「撃て!」
ウィークラーが短く叫んでギルバートへ銃口を向けた。引き金を引いた瞬間、ギルバートの姿が頭から溶けて消える。隊員たちの拳銃が一斉に火を吹くが、床と壁に無数の穴を開けただけだった。
「次に会うときには躊躇いを捨てろよ、カーズ」
その一言を残して、ギルバートは酒場から完全に姿を消した。
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