第15話

「いいから、隊長さんは引っ込んでな。休めるときに休むのも任務のうちだっつったのは、あんただろうが」

「それはそうだが」


 渋るカーズに、リーガルが咎めるように半眼になった。


「それとも、俺には任せておけないってのか?」


 店内には五名の隊員、酒場の外をぐるりと囲むのは、二十名弱。いずれも隊長直属の精鋭部隊の面々だ。リーガルは人を纏めるのは苦手な所があるものの、それなりに戦局を見る。博打好きなせいか、ここぞというときの勘も鋭かった。


「……いや、そうだな、悪かったリーガル。戻って休むことにする」


 リーガルに謝罪したカーズは、店を出ようと踵を返した。数歩進んで、入り口の前で足を止める。


 リーガルは実力者だ。信用している。ここにいる隊員たちも第一分隊の精鋭だ。


 何故、単なる中級妖魔相手・・・・・・に、隊長直属・・・・である第一分隊の全員が揃っている?


 胸をかすめた疑問に足が止まっていると、通りの向こうから男が一人やってきた。


「遅くなりやした。おや、カーズの旦那。今日は非番じゃあなかったんですかィ?」


 男は店の入り口で、変わった色の目を驚きに開いた。ミズホ国の『デンキ』ハヤミだ。

 ハヤミの瞳は、外側が緑で内側が桃色、二色が黒の瞳孔を内包している。 ミズホ国独特の前合わせの衣服に身を包み、いつものように袖から腕を抜いて懐に突っ込んでいた。

 驚いた表情は一瞬で、ハヤミは直ぐにいつもの本心を隠す笑みを張り付けた。


「ハヤミさんまで来たということは」


 振り向いたカーズは、リーガルに鋭い視線を向けた。


 『デンキ』は、ミズホ国の宝石商兼、諜報部員の総称だ。中級迄なら対妖魔の戦力でもある。世界各地に散らばり、各国の情報と妖魔の出没状況を把握していて、妖魔狩りの依頼の取り次ぎもする。

 ナナガ国に常駐している『デンキ』は数人いて、ハヤミはその者たちを束ねる立場だ。故に、彼が足を運んだということは。


「高位妖魔になる可能性があるのか。リーガル、何故言わなかった?」

「言えば大人しく帰らねえだろが」


 周囲へ目を走らせながら、リーガルが苛々と舌打ちした。

 もしも高位妖魔が出る可能性があるのなら、非番もなにもない。人手は一人でもほしいはず。なのに最初リーガルは帰れと言った。


「俺を帰したい理由があるな。言え、リーガル」

「おおっと、世間話なんざしてる場合ですかねィ」


 外へ向けていた足を戻し、リーガルへ一歩詰め寄ったカーズの横を、ハヤミが音もなくすり抜けた。

 小さな金属音が響き、瞬時に抜刀したハヤミの刀が店内の明かりを照り返す。


「全くだ。俺ぁ、そんな生ぬるい奴に育てた覚えはねえぞ。カーズ」


 ハヤミが弾いた剣先が現れ、その剣を握る武骨な手、太くはないが筋肉で覆われた腕と、順番に姿を見せていく。姿を消していた宿主が、己の存在を露にしたのだ。


 見覚えのありすぎる男の姿に、カーズは息を飲んだ。


「ギルバート隊長……」

「もう隊長じゃねえよ」


 カーズの呟きに答える声はよく知ったものだ。

 前第二部隊隊長ギルバートが、血のこびりついた剣を下げて立っていた。


****


 しん、と重苦しい空気が酒場に落ちた。酒を飲みながらカーズの話を聞いていた隊員たちが、動きを止める。騒がしいニックでさえ口を閉じた。

 カウンターからレイブンの、グラスを洗う水音だけが響いた。


「口では反発していたが、俺はギルバート隊長を慕っていた。尊敬していた。勝手に父親のようにも思っていた。だからリーガルは俺抜きで片を付けようとしたんだろう」


 親というものをカーズは知らない。親に捨てられたのか、親が死んだのか。物心ついた頃にはスラムの片隅で、似たような境遇の子供と暮らしていた。

 第二部隊に入ってギルバートに構われるようになって、彼の中に見たこともない父親を見ていた。


「隊の記録にはないっすよね」

「ない。退役後のことだ。一般人として処理された。膨大な数の妖魔事件の一つとして、記録されているだけだ」


 第二部隊に在籍する者が宿主になれば、隊の記録に残るが、ギルバートの場合は退役後だ。ギルバートの事件は、ナナガ国首都だけで一日十万件を超える、妖魔事件の一つになった。


「新聞には取りざたされていたんだけどね」

「う……新聞なんて入隊するまで読んだことないっす。字だって読めなかったんっすから」


 カーズをはじめ、第二部隊に入るのはスラムの貧困層、底辺の人間がほとんどだ。識字率はゼロに近く、政治や事件などのニュースへの関心も低い。そもそもそれらの情報を手に入れる手段が少ない。


「ウィークラー先輩は、その場にいたんすね」

「ああ。お前と同じ、新人としてな」

「現場にはいなかったけど、俺も隊にはいたぜ」

「俺もな」


 ちらほらと手が上がった。ギルバートの事件は七年前。十一年前の高位妖魔事件と違い、当時を知る隊員も多い。


「知っている者たちにとっては、真新しくも面白くもない話だが……」

「聞かせて下さい」

「聞きたいっす」

「自分も」


 続きを聞くかどうかをたずねる前に、隊員たちが次々に口を開いた。グラスを吹いているレイブンも、無言でうなずく。


「宿主になったギルバート隊長を目にして、俺は正常な判断が出来なくなった」


 信じられない、信じたくない気持ちが先行して、目の前の光景を受け入れるのを心が拒否したのだ。


「情けない男だ、俺という男は」


 苦い思いと共に、カーズは昔を吐き出した。

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