第14話

 ダン! 握った拳をニックがテーブルに叩きつけた。


「どいつもこいつも何っすか! 被害者面して好き勝手言いやがって。腹立つんっすけど!」

「まー俺たちの評価なんてそんなもんだけどよ。ムカつくわな」

「お前らがやってみろってんだよ、なあ?」

「そうっすよね!」


 他の隊員たちの同意をもらい、ニックが鼻の穴を膨らませた。


「そうだね。よく分かるよ」


 はい、とレイブンがニックの前にジョッキを置く。ニックは置かれたジョッキを乱暴に掴むと、一気に飲み干した。


「ぷはぁ。ありがとうっす! ってか隊長。よくそんな取材について行ったっすね」

「ははは。俺もそう思う」

「はあ?! 何っすか、それ!」

「おいこらニック。それが隊長への態度かよ」

「いい、いい。酒の席だ」


 ニックにげんこつを落とそうとしたウィークラーに、手を振って制す。渋々といった体でげんこつを引っ込めたウィークラーが、今度は困ったように眉尻を下げた。


「ブン屋のウェルド。あの人は俺も苦手です。口の悪さじゃ俺たちも負けてませんが、あんなに回らない。どうにもやりこめられちまいます」


 ぽりぽりとウィークラーが頬を掻いた。記者のウェルドとは、他の隊員たちも時折現場で居合わせたり取材を受けることがある。ウェルドのペンと舌の切れ味は、相変わらず鋭い。多くの隊員たちが苦手としていた。


「そうだな。七年前の俺も、ウェルドさんにはコテンパンにやられた」


 くくっと喉を鳴らすと、ニックが唇を尖らせた。


「ウェルドさん、なんて呼んでやるような奴じゃないっすよ。めちゃくちゃ嫌な奴じゃないっすか」

「ああ。それは否定しない。正しく、嫌な人だった。新聞各社のブン屋の中でダントツにな。だがあの人だけだったんだ。真っ向から対立してくれたのは」


 無視されるよりは、憎まれ口でも糸口なのだ。少なくとも聞く耳は持っているのだから。


 議会メンバーも、新聞各社も。全く相手にしてくれなかった。もしくは聞いているふりをして、体よくあしらわれた。誰もカーズと目を合わせもしない中、ウェルドだけは、毛嫌いという態度だったがカーズと正面から向き合った。


 だからあの時つい、本音が出た。若さゆえの青臭い未熟さだったが、それ故にウェルドを動かすことが出来た。


「全然分かんないっす」

「それでいい」


 共感などいらない。手応えのない交渉の数々を経験していなければ、分からない感覚だろう。


「取材を終えた頃には暗くなっていた。勤務の始まる時間だが、あの日は非番だったからな。引っ掻き回されてもやもやしたまま、家に帰ろうとしたんだが、笛の音と照明弾が上がった」

「妖魔の出現の報せですね」

「ああ」


 ウィークラーの言葉に首を縦に振る。


「非番だったが、俺は現場に向かった。ウェルドさんに引っ掻き回されて、もやもやしていたからな。動いていたかったんだ」



****


 笛の音を聞くやいなや、カーズは弾かれたように照明弾の光の方向へ走った。走り出したカーズの後を、ウェルドが慌てて追いかけてくる。


「もう少しゆっくり走りやがれってんだ、糞!」


 距離が遠のいたのか、ウェルドの悪態が小さく聞こえた。

 ついてこなくていい。むしろ妖魔との戦闘に素人は邪魔だ。

 振り切るつもりで走ったが、残念ながら現場はさほど離れていなかった。

 立ち並ぶ店の一つに開けっ放しのドアがあり、第二部隊隊員が入り口を固めていた。


「隊長!?」


 近付いたカーズに驚いて声を上げる隊員に、短く「状況は?」と聞いた。


 そこはよくある小さな酒場だった。

 店主は隅に縮こまっており、食べかけの料理や飲み残されたジョッキが、テーブルの上に置かれたままだ。引っくり返ったテーブルと椅子が一対ある。客は逃げた後のようで、店主と隊員以外に人はいなかった。


「酒場で酔って喧嘩の挙げ句、刃傷沙汰に発展。生まれた妖魔は中級、能力はまだ分かりません」


 隊員が戸惑ったのは一瞬で、直ぐ様端的に情報を伝える。宿主や妖魔を相手にしている時、迷いや躊躇は命取りになる。情況に応じて柔軟に対応し、素早く的確に判断することが叩き込まれていた。


「ああ? おい、隊長さんよ。仕事熱心も大概にしろよ。今日は非番だったろうが」


 店内に入ると、黒い肌にスキンヘッドという、厳つい外見の男が低く唸った。名はリーガル。カーズの直下部隊隊員の中で一番のベテランだ。カーズがいない時は、隊を彼が取り仕切ることが多かった。


「リーガル、世間話は後だ。能力が分からないということは、まだ発現していないのか」


 リーガルの横に並び立ち、カーズは店内に目を走らせた。椅子とテーブルは引っくり返っているだけで、傷や破損はない。店内のどこにも、能力で破壊された痕跡は見えなかった。


「いいや、能力は発現してやがる。俺らが酒場に着いた時、やつ・・は溶けるように消えやがった」


 答えるリーガルも、会話しながら店内を警戒していた。危険な妖魔なのか、店内にいる隊員全員がびりびりとした空気を発している。


「二人が負傷。宿主の消え方は、頭から順番にすっとではなく、氷が溶ける感じです。気体化して溶けたように見えたのか、透明化しただけなのか、実は違う能力なのかまだ判断がつきません」


 二メートルを越える大男のウィークラーが、カーズを見て姿勢を正した。彼の丁寧な状況説明に、カーズは顎を引く。

 

「ということは、見えないだけで、本体はまだ店内の何処かにいるかもしれないのか」


 気体化ならもういないかもしれないが、透明化なら入り口を塞いでいた隊員を抜けられない。まだいる可能性が高かった。


「待てよ、おい」


 前に出ようとしたカーズの肩を、リーガルの黒い手が掴んだ。

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