ココロ エグル 嘘ツキ

Gacy

第1話

 地味,普通,一般的,当たり前,すべての言葉が真美子を表しているといっても過言ではなかった。幼い頃からとくに運動ができる訳でも勉強ができる訳でもなく,常に平均点の少し上にいるクラスでも目立たない存在だった。


 それでも中学生のころに軽い虐めにも遭い,当時仲の良かったグループから無視をされた。ちょうど進級の時期だったこともあり,深刻な状態になる前にクラス替えがあったことで大きな問題にはならずに済んだが,その経験が真美子に無視されることへの異常な恐怖心を植え付けた。


 幼い頃から自分が可愛いと思ったことはないが,可愛い綺麗なドレスを着た透き通るような肌の人形は大好きだった。それなりに女の子らしい趣味もあり,高校生になると可愛い動物のぬいぐるみを造ることに夢中になった。


 思春期になっても異性から好意を抱かれることもなく,自分から人を好きになることもなく,恋愛を経験することのないまま誰にも知られずに地方の大学に進学した。


 大学生になると,化粧を覚えたことで多少は異性の視界に入ることもあった。そのほとんどが身体目的だったとしても,求められること自体が真美子には初めてで嬉しかった。


 ずっと人から求められることのなかった反動もあり,大学ではこれまで抑えていた衝動を抑える必要もなく,求められれば欲望のままに誰でも受け入れた。


 真美子にとって自分を求めてくれるのであれば,相手の年齢も見た目も関係なかった。父親よりも歳上であっても,自分の三倍近い体重であっても,ホームレスのような不衛生な相手であってもすべてを受け入れ精一杯要望に応えた。そこに暴力があっても,そんなことは関係なかった。


 どんなに歪んだ形であっても,求められることで心が満たされることを知った真美子にとって,自分の居場所を探しているうちに風俗店で働くことは自然な流れだった。


 きっかけこそ田舎のホストクラブで働く男に貢ぐことが目的だったが,男に言われるがままに男の知り合いの風俗店の面接を受け,その日のうちに接客をし,次から次へと男達が自分の身体を求めてくることに経験のない喜びを感じた。


 それ以来ほほ毎日,授業のない日は昼間から十人いたら息苦しくなるような換気の悪い,カラカラと換気扇の音が鳴り続く狭い個室で客からの指名が入るのをスマホを弄りながら待った。


 待合室ではお互いに会話はなく,それぞれスマホでゲームをしているか,動画を観て指名が入るまでの時間を潰した。


 定期的に個室の壁に備え付けられた電話の赤いライトが点滅し,受付から名前を呼ばれると,スポットライトの当たるステージに上がるような気持ちで部屋を出て,顔も名前も知らない男の前に跪いて,汚らわしい欲望を満足させた。


 こうやって過ごす毎日が真美子の孤独と不安を和らげ,自分は誰かに必要とされていると感じる瞬間に幸せを感じた。


 半年もすると真美子にも常連客がつき,毎回指名をしてくれる客には特別なサービスをした。店に見つかったら即解雇クビになるような行為を自ら提供し,男達のエスカレートする欲求に応える喜びに溺れていった。


 常連客はみな,真美子を抱きながら「愛してる」「俺の女になれよ」と,同じスタンプを押したかのようなセリフを耳元で囁いた。


 以前,貢いでいたホストにも同じことを言われていたのを思い出すと,その言葉を素直に受け入れることができなかったが,心の奥底では常にその言葉を求めていた。耳の奥に広がる甘い言葉が心地よく,同時に口の中に血の味が広がった。


 この半年ですでに真美子のアパートに招かれた男達も複数いた。店側もいままで真美子を指名していた客が突然来なくなることが続いたことで,真美子が店のルールを破っていることに気がついたが,真美子ほど毎日出勤する女の子はいなかったので見て見ぬふりをした。


 毎日のように大勢の男達にサービスを提供し,どんなに金を稼いでも真美子の見た目はさほど変わることなく,化粧も薄ければ派手に着飾ることもなく,いつまで経っても地味なままだった。



「なぁ,お前さぁ,この仕事に随分とハマってるみたいだけど,いつまでも続けられる仕事じゃねぇし,学生ならちゃんと就職を考えといたほうがいいぞ。金を稼げるのなんて,いまだけだからな」



 受付に座る敦は真美子が出勤するたびに同じことを言った。真美子にとって敦は苦手な存在で,言葉の端々に自分を馬鹿にしているような雰囲気が混じっているように感じてひどく不快だった。


 真美子に話しかけては,目の前で電子煙草を握りしめるようにしてチマチマと吸い込んで,ゆっくりと細い煙を吐き出す姿を見て,高校のときの苦手な同級生を思い出した。



「別にあんたには関係ないじゃん。あんたは私達が汗水垂らして顎外れそうになって稼いだ金で生活してるんだから,いちいち説教するなっての。雇われ店長のくせに馬鹿じゃないの」



「まあな。お前は稼ぎ頭だし,俺もオーナーにバレるまでは何も言わないけど,あんまりやりすぎるなよ……」



 二人の間に居心地の悪い空気が流れた。



「別に……どうでもいいじゃん……」



「そうだな……どうでもいいな……」



 敦との会話を切り上げ,誰もいない個室へ入ると外で敦が営業の準備をしているのが聞こえた。準備と言っても,店の前の掃除をし,窓ガラスを拭いて,大量の使用済みおしぼりを入れた大きな分厚いビニル袋を店の脇に放り投げるようにして積むだけだった。


 誰もいない部屋で一人スマホの画面を覗き込むようにして店の開店を待ったが,気がついたときには待合室には女の子が溢れ,次から次へと指名が入っては消えてゆくのを俯いたまま感じていた。


 時間だけが過ぎてゆき,カラカラと音を立てる換気扇が五月蠅く不快だった。不安に押し潰されそうになりながら俯いてスマホを握り締めていると,いつの間にか呼吸が浅くなり,部屋の空気が酷く薄く感じた。


 電話のライトが点滅するたびに,次は自分に違いないと期待したが,真美子を指名する呼び出しはまったくなかった。何度電話のライトが点滅しても,受付からの呼び出しがないことに不安になり指先がひどく震えた。



『え……? なんで……? なんで,誰も指名してくれないの……?』



 真っ暗なスマホの画面に映り込む自分の瞳が不安と怒りで歪んで見えた。汗ばむ指先が激しく震え,ゆっくりと顔を上げて,周りを見るとよく知る女の子に混じって数人の若い子がいた。



『え……? 誰……? なに……?』



 明らかに自分より可愛いか,スタイルのよい女の子達を見て目の下が激しく痙攣し,心臓が小さくなったまま固まってしまったかのような激痛に襲われた。呼吸ができず,空気を吸おうと思っても息が吸えず,肺に十分な酸素が入って来ないような気がして目の前が真っ白になっていった。



『なに……? なんなの……? 誰よ……? どうしたの……?』



 俯いたままスマホを睨みつけ,視界の端に見える新人の女の子達を警戒した。手と脇に大量の汗をかき,額からじっとりと垂れる汗が顎を伝ってスマホの画面に落ちた。


 結局,この日は誰も真美子を指名する客は現れず,ずっと一人で真っ暗なスマホの画面に映る自分の瞳を睨みつけていた。


 時間の経過とともに一人,また一人と店を上がっていったが,誰も真美子に挨拶する者はおらず,真美子も終電ギリギリになるまで俯いたまま歯を食いしばって痙攣する目の下の皮膚を何度も摘まんでは離した。


 女の子達は,そんな真美子を避けるようにして静かに店を後にした。どれくらい時間が経ったかわからなかったが,店の掃除と戸締りを行う敦が部屋に入ってくると真美子を一瞥いちべつするだけで言葉をかけることもせず黙って部屋のごみを掻き集めて出て行った。


 丸一日まったく指名もなく,それを苦手な男から同情されている現実が真美子の心の底にうごめく得体の知れないプライドをひどく傷つけた。部屋の外でゴミを集め,雑な掃除をしている敦の気配を感じながら,歯を食いしばり,声を殺して大粒の涙をこぼした。


「ねぇ,送迎おくりやってよ。もう,終電ないから」



 敦は汚れた手を洗い,ガサガサと音を立てて茶色いペーパータオルを丸めながら受付の下に隠すように設置されたレジを開けた。最近はクレジットカードのほかに電子マネーでの支払いも増えたが,いまだに風俗店では現金のやり取りが主流で,客も履歴の残らない現金を好んだ。


 レジから現金を取り出し小さなテーブルに並べると,女の子の名前と指名数を確認しながらノートに記しを付けながら数えていった。この作業を行っているときの敦の指先は,唯一真美子が見惚れる瞬間だった。



「ちょっと待ってな。レジやってオーナーに日報メールしたら送ってやるから」



 店では希望する女の子は家まで送ることになっていたが,真美子が敦に送迎おくりを頼むことは初めてだった。


 家族と同居で実家を知られたくない子もいれば,一人暮らしのマンションやアパートを見られることを嫌がる子もいた。


 敦は店の責任者として真美子だけでなく女の子達の住所は知っていたが,短時間でも二人だけの空間が生まれる車で一緒になることが真美子は嫌なのだろうと思っていた。



「うし。終わった。じゃあ,着替えてくるから帰る準備しときな。あと,女子トイレの窓が閉まってるか見といて」



 店に男性用の更衣室がなかったこともあり,敦は当たり前のように細い通路で下着姿になって私服に着替えた。真美子がトイレに向かうときに,一瞬だったがやけに筋肉質な背中が見えた。



「準備できたか? 今日はラッキーだぞ! オーナーの車が置いてあるから! あの車を使えるとか滅多にないからな」



 敦が一見大学生のような私服姿で,仕事中には見せない笑顔を見せた。いつも仕事中は無愛想でくたびれた黒スーツを着ているが,私服はやけにオシャレで,聞いても知らないブランドばかりだった。



「じゃあ,行くか」



 一緒に店のすぐ近くに借りてある駐車場へ向かい,あきらかに高級そうな海外のセレブが乗ってそうな黒い車に乗り込んだ。



「うし。ちゃんとシートベルトしろよ」



 敦は嬉しそうにエンジンをかけ,振動を感じないシートの位置を調整してからゆっくりと車を発進させた。そんな敦を横目で見ながら,こんな車にお金をかける気持ちがわからず,居心地の悪い車内で窓の外へと視線を向けた。


 真っ暗な窓ガラスに映る自分は,どこか他人で,幼い頃の自分には想像もできない容姿に見えた。



「誰だよ……お前……」



 窓ガラスに映る自分に話しかけたが,応えてくれるわけでもなく,幼い頃に一人で人形遊びをしていたことを思い出した。



「ぬいぐるみ,造りたいな……」



 車が滑るように夜の街を走るなか,敦の丁寧な運転に感心しながら流れる街灯の灯りをぼんやり見ていた。


 ずっと目立たない地味な自分が風俗店の店長の運転する車に乗っていること,毎日知らない男達の欲望を満たすことで安心を得ているとこ,男に貢ぐために身体を売ったこと,すべてが現実とは思えなかった。


 自分の存在を認めてもらえる嬉しさと,いつまで続くかわからない不安に押し潰されるような気がした。自分でも可愛いとも綺麗とも思っていないが,周りの女の子と比べられるのは不快だった。


 街灯の色が変わり,まるで真美子の住む場所を知っているかのように迷うことなく敦は車を走らせた。住宅街に入り,何度か角を曲がると真美子の住む三階建てのマンションに着いた。



「ここで大丈夫か?」



 真美子は無愛想にうなずき,鞄から鍵を取り出した。車のドアを開けようと手を伸ばした瞬間,敦を睨みつけるように振り返り,唇を噛み締めて涙を流した。



「お……? どうした? 急に?」



 敦にとって女の涙など,この業界に入ってからというもの何度も見てきたので,いまさら何も感じなかったが,真美子の涙は怒りに満ちた攻撃的なもので,その表情からも普通ではないと感じた。



「なんだよ?」



「あんた……今日一日わざと私に指名を回さなかったでしょ」



 いまにも殴りかかってきそうな真美子の勢いに敦も真っ直ぐ顔を見ることができなかった。



「あんた……なんか勘違いしてるんじゃない?」



「なんだよ,急に? 勘違いってなんだよ?」



「あんた……私が売り上げを抜くようなことをしてるって疑ってるでしょ」



「なんだ……そんなことか……」



「そんなこと……?」



「おう……もっと男と女のことかと思った」



 一瞬で真美子の表情から一切の感情が消え,さっきまで泣いていた眼が黒く濁った。首を傾げて初めて目にするモノでも見るかのように敦の目を覗き込んだが,造り物のような瞳は真っ黒で感情がなかった。


 一瞬のことで敦も反応できずに,目の前にある真美子の見たことのない表情から目を逸らせなかった。



「あんた,馬鹿なんじゃない?」



 真美子は急に興味を失ったかのように車から降りると,車の前を回り込むようにして運転席の横に立った。



「ちょっときて。あんたに見せたいものがあるから」



「あんまり時間取れないから,ササッとだぞ。それと俺は店の商品には手を出さないからな」



「馬鹿じゃないの……自惚れてんじゃねぇよ……」



 車をマンションの入口付近にある宅配業者や引越し業者が使う駐車スペースに停めると,二人で真美子の部屋へ向かった。


 黙って前を歩く真美子は,鞄からカードキーを取り出し,エントランスから部屋のドアまで一度も止まることなく進んだ。


 部屋のドアが静かに開き,中から女の子特有の甘い匂いが溢れてきた。



「あがって……」



 無愛想に出されたスリッパを履き,驚くほど何もない部屋に入った。女の子らしい匂いとは真逆のような殺風景な部屋には,小さなテーブルの上にノートパソコンが一台置かれているだけだった。



「洋服とか大切なモノは隣の部屋。私,物とかないほうが落ち着くの」



 敦の居心地の悪そうな表情を見て,真美子が質問される前に答えた。



「で……,俺に見せたいものって?」



「ん,ちょっと待ってて。今日は指名なかったから必要ないんだけど,日課で帰ったらすぐうがいをしてるの」



「ああ……偉いね……」



「うん……」



 そう言うと,キッチンの上にある食器用の漂白剤を口に含み,音を立ててうがいを始めた。



「え? おい!! そんなん口に入れたらヤバイだろ!?」



 敦が慌てて真美子を見たが,シンクに漂白剤を吐き出すと,水を口いっぱいに頬張り再びうがいをした。真っ赤に充血した眼が涙を浮かべ,大量の涎が口から糸をひいた。



「ヤバイかどうかは知らない。でも,こうやって毎日身体の汚れを落とさないと精神こころが平気でいられないの」



「え……?」



「毎日,身体も隅々まで漂白剤で洗うの。普通の石鹸なんかじゃ落ちないから。明日のお日様が出る前に……すべて,この身体に刻まれた汚れを落としたいの……」



 真美子が口を大きく開けると,上顎の前歯六本,下顎の前歯六本分の入歯が糸を引きながらゆっくりと落ちた。



「え?」



 驚く敦を無視して,顔を洗うような手つきで髪の生え際に指を挿し込み,ゆっくりと手を持ち上げるとサラサラの髪の毛が宙に浮き,僅かに残った産毛と赤紫に変色した蜘蛛の巣のような模様が浮かんだ頭皮が現れた。



「ちょ,ちょ……待った! マジで待った!」



 真美子は慌てる敦に応えずカツラを置くと,黙って両手を前に突き出し,爪を見せた。



「え? え? なに? 手がどうした? 指か? マジでなんなん?」



 無表情のまま,敦の眼を真っ直ぐ見て前歯のない口からいやらしく舌を出した。



「クソホストがさぁぁ……客が喜ぶからって私の前歯をペンチで抜いたの。頭はそいつが連れてきたクソ客がさぁぁ……面白がって薬品ぶっ掛けてきて,泣き叫んで苦しむ私を見て喜んでた……爪は全部剥がされて指先もペンチで潰された……ネイルはそれを誤魔化すためのもの……」



「あ……え……? あ……そ,そうなんだ……大変だったんだな……,えっと……あの……」



「だからどんなに稼いでも,クソホストに売り上げ持っていかれてぇぇ……残りのお金は治療費でなくなるし……私の身体を求めてくる客も私の姿を知って離れていくしぃぃ……みんな,私に愛してるだの,自分の女になれだの言ったくせに……」



 敦の視線が何度も玄関に向いているのを真美子は逃さなかった。



「あのクソホストが私を店に紹介したとき,あんたが面接したじゃん……あんたも私なら稼げるって言ったよね……金が必要なら頑張ればいいって言ったよね……」



 真美子の口調が強まり,スース―と音をたて,歯のない口から涎を垂らしながら早口になっているのに恐怖を感じていた。



「私を求めてくれるのが嬉しかった。私を必要としてくれるのが嬉しかった。みんなが私を褒めてくれた。子供のころから誰も言ってくれなかった言葉……愛してると言ってくれた。なのに……なのに……みんな口先だけで……」



 玄関までの距離を確認しようと視線を真美子から外した瞬間,顔と顔がくっつくほどの距離に真美子が移動していた。一瞬の出来事で言葉を発することもできないまま固まっていると,真美子が手にした太い注射器が首に刺さり,大量の白濁した液体が敦の首の皮を引きちぎるように激しく乱暴に打ち込まれた。



「これ……私の頭を溶かしたクソ客が置いていったやつ。あいつ,これで私の身体に色んなもんを注射しやがったんだよね。それ以来,指先が震えるし最悪。あんたには漂白剤をぶち込んでやったから,これで身体の中から綺麗になるよ」



 次の瞬間,敦は首の焼けるような熱さと呼吸ができない苦しさで口を大きく開き,首を掻きむしりながら床を転がり回った。ゼーゼーと喉の奥から必死に息を吐き続ける音がし,真っ赤に充血した眼から涙が溢れた。



「あんたが指名を回さないから……あんたは私を否定したから……あんたは私を殺そうとしたんだよ……わかってんの?」



 激しく痙攣しながら首を掻きむしり,何度も嘔吐をしては無意識に真美子に手を伸ばし助けを求めた。



「ふふふ……あんたが最後に求めるのは私なのね。私のことを思いながら苦しんだらいい。私だけを見ながら。ふふふ……」



 敦の筋肉が硬直し,血脈が破裂しそうなほど浮き上がり,掻きむしった皮膚が破れ,不自然に反り返った骨が軋み,全身の肉が波打った。


 痙攣が激しくなり,全身がバラバラになるような不自然な動きをしたかと思うと,突然動きが止まった。


 真美子は最後まで動かなくなるのを見届けると,隣の部屋のドアを開けて電気をつけた。独特な脂の臭いが漂い,防虫剤のような人工的な臭いが後から追いかけてくるかのように部屋から溢れ出した。


 明るい部屋には大量の両手・両脚のない五体不満足な大小さまざまな型のマネキンが並べられていた。



「ほら,私を堕とした店の店長よ。あんたたち知り合いなんでしょ? 横に並べてあげる。ほら,私を愛しているって言ったあんたたちも,顔見知りの店長が仲間入りよ。みんな私に嘘をつくからいけないの。私を大切にしないからいけないのよ。みんな私のことを愛してるって言ったくせに」



 よく見ると部屋には内臓を抜かれ,血肉を処理され皮だけになった身体に大量の綿が詰められ,皮を縫われてぬいぐるみのようになった男たちが何人も並べられていた。義眼がはめられたその顔は,どれも真美子によって処理され,家族であっても見分けがつかないほど変形していた。



「あ……どうしよ……私,運転免許もってないけど,あの車があるとマズイよね……。ねぇ,誰か運転してくれたら嬉しいんだけど……。ねぇ,いま,私があんたたちにお願いしてるんだよ?  ねぇ,なんで誰も自分が運転しますって言ってくれないの?」



 手足のない人の皮でできたぬいぐるみは応えることもなく,それがかつて生きていたことも疑わしいほど原型をとどめていなかった。



「ねぇ…………無視しないでよ……お願いだから無視しないで……わたしもみんなのこと大好きなんだよ……ねぇぇ……愛してるんだよぉぉ……」



「ねぇぇぇぇぇぇ……愛してるって言ってるじゃん……」



「ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


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