第33話

 こんなに全てがうまくいくなんて。

 

 詩作の優秀者の名前を貼り出した掲示板を見上げて、メイジーは鼻の穴を大きく膨らませた。


 誇らしさが胸に溢れる。

 あまり親しくないクラスメイトに「おめでとう」と言われて「ありがとう」と返す。


「すごいじゃない」

「そんなこと……、たまたま、うまく書けて……」

「あ。ごめんね。ちょっと、用事があるの」


 もっと話していたかったが、彼女はすぐに自分の友人を追いかけて、メイジーから離れていった。

 ほかに誰か声をかけてくれるかと待っていると、ふだん話したことのない別のクラスメイトが一人、「おめでとう」と言ってくれた。

 メイジーが「ありがとう」と言い終わる前に、彼女も別の友人を見つけて行ってしまった。


 メイジーは周囲を見回した。

 離れたところでフェリシアたちが何か話している。


「ええっ!」

「すごいわ、フェリシア!」


 少し前に教室の中で聞いた大きな声の内容が気になった。

 今はなぜか難しい顔をして、チラチラと掲示板を見ている。


 自分の名前もそこにはある。

 レイチェルやフェリシアと同じ場所に載っている。

 何も引け目を感じる必要はないではないか。


 メイジーは以前のように気軽な感じでフェリシアたちに近づいていった。


「ねえ、何の話をしてるの?」


 レイチェルの後ろから声をかけると、四人は少し驚いたような顔をした。

 そして、何も言わずにその場を離れて、装飾の美しい机の並ぶ教室に、逃げるように入っていってしまった。


 取り残されたようになるのが嫌で、メイジーもドアをくぐる。

 四人はもう、それぞれの席に着いていた。

 明るくて豪華な教室を眺めて、上級貴族が通う学園の教室とももうすぐお別れだなと思う。

 こんな綺麗なところに通って、ゴダード男爵家の屋敷に住んで、おまけにサイラスと婚約するようになるとは夢にも思わなかった。

 

 メイジーはなぜかいつも人に見下されてきた。

 昔、通っていた教会の学校ではずいぶん嫌な思いをした。

 そのうちにメイジーは見下されることに、すっかり慣れてしまったようなところがある。

 どうせバカにされるのだから、人に頼ったほうが楽だと思うようになった。

 

 ちょっとぼんやりしていたり、みんなが言っていることの意味がわからなかったりするとすぐに蔑むような視線を向けられる。

 どういうことか教えてと言っても、誰も教えてくれない。

 今の学園に来てからはそんなことも減って、あまり虐められなくなったけれど、それでも時々「少しは自分で調べたら」と軽く笑って、やんわりと教えることを断られることはあった。


 お店の情報や、おすすめの本を教えてあげると、みんなの態度が変わった。

 センスがいいと言われて得意になった。

 詩作で選ばれることが何度かあってからは、一目置かれているように感じることができた。


 休みの日に出かけることも増えて、幸せだった。

 最初から誘われていなくても「私も行っていい?」と聞けば、みんな優しく受け入れてくれた。


 なのに、いつの間にかフェリシアたちに避けられるようになった。

 理由はよくわからない。


(やっぱり、サイラスと私が婚約したからかな……)


 そう思うと、逆に歓びが湧き上がってくる。

 婚約のことを話してもあまり祝ってくれる友人はいなかったが、それも仕方ないと思える。


(だって、フェリシアが可哀そうだもの……)


 ふっと口元に笑みが浮かんだ。

 フェリシアには悪いことをしたけれど、サイラスはメイジーとの婚約を望んだ。


『やっぱり、僕のことをちゃんとわかってくれる人のほうが、安心だからね』


 フェリシアが悪いのだ。

 サイラスはバーニーを嫌っているのに仲よくするから。 


「でも……。また、盗んだとかなんとかって言われたら、どうしよう……」

 

 独り言を口にしながら、誰かが聞いていても構わないと思った。


 なんのことかと聞かれたら、事実を言って相談に乗ってもらおう。

 きっと、みんな「仕方ない」と言うに違いない。

 メイジーが盗んだわけではない。

 そのことを、ちゃんとわかってくれるはずだ。

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