第34話
午前中に行われた卒業式で、レイチェルは最優秀生徒として立派な挨拶をした。
保護者たちだけでなく、王宮からの出席者たちも盛大な拍手でレイチェルを讃えた。
中でも宮廷付き詩人の筆頭であるワイス夫人が、式の終わった後にわざわざレイチェルのところに来て「夕方からの舞踏会でもお会いしましょうね」と声をかけてきた。レイチェルは頬を染めて、「光栄です」と喜びを伝えていた。
その舞踏会は学園の卒業生を祝うものだ。
毎年行われるものだが、卒業舞踏会にはほかとは異なる興奮した空気が濃く流れる。
学園に通う生徒は上級貴族の子女ばかりだが、その中にも家柄の上下はあり、なかなか王宮に招かれる機会のない令息や令嬢も一定数いる。
彼らの興奮がまわりに伝染し、控えの間に集まった段階から、そわそわと落ち着かない空気が会場全体を包むのだ。
「フェリシア」
控えの間の一角でケヴィンの到着を待っていると、メイジーが声をかけてきた。
ハレの日なので気合を入れたのだろうが、やけにゴテゴテしたドレスを着ている。
地味な容姿のメイジーには全く似合っていなかった。
フェリシアが黙っていると、メイジーが申し訳なさそうな顔を作って話し始める。
「サイラスのことなんだけど……」
「サイラスがどうかしたの?」
「私が、サイラスを盗ったとは、思わないでね。あれは、仕方なかっ……」
「ご心配なく。全然、思ってないから」
フェリシアは冷たく遮った。
メイジーの言い訳はいつも無駄に長い。
そんなものに付き合う気はとっくのとうになくなっていた。
第一、サイラスと別れたかったのはフェリシアのほうだ。なんなら、
全く気にする必要はないし、嬉しさを隠してめそめそ詫びられても困る。
「そう。それなら、いいけど……。なんだか、いろいろ盗ったみたいに思われてたら、嫌だなと思って……。私は、一度も……」
「メイジー」
うっすらと笑っているメイジーを、フェリシアは睨んだ。
「サイラスのことは、どうでもいいわ。でも、ほかのことは別よ。全部、一緒くたにするのはやめて」
本当に、どこまでズルいのだろうと呆れる。
メイジーは一つのことを無実だと認めさせて、その流れで、ほかもみんな、曖昧に無実だということにしてしまうつもりなのだ。
「サイラスを盗まれたとは思ってないわ。でも、だからって、何も盗んでいないことにはならないわよ」
「まだ、詩のことを言ってるの? あれだって、別に盗んだわけじゃ……」
「ちょっと参考にしただけ? 影響を受けただけ? それって、誰でもやることなの? いろんな人の書いたものをつぎはぎして、自分で考えたなんて言い張る人、私はほかに知らないんだけど」
「フェリシア……、どうして、そんな意地悪言うの……?」
「別に意地悪を言っているつもりはないわ」
事実を言っただけだ。
その時、サイラスが近づいてくるのが見えた。
メイジーとフェリシアが一緒にいるのを見て、きまり悪そうに足を止める。
メイジーを追い払うつもりで「サイラスが来たわよ」と教えた。
メイジーは、「私、何もしてないのに」と言いながらサイラスに駆け寄っていった。
ちぐはぐなドレスを着たメイジーを、プライドが高く拘りの強いサイラスはウンザリした表情で見下ろす。
諦めたように肘を差し出し、メイジーをエスコートして会場の入り口のほうへ去っていった。
次に「フェリシア」と声をかけてきたのは、バーニーとレイチェルだ。
「今、メイジーがいなかった?」
「いたわ」
「何の用だったの?」
サイラスのことで、どうでもいい言い訳をしたかったようだと、素っ気なく教える。
「サイラスって、もっと素敵な人だと思ってたわ……。メイジーのどこがよかったのかしら」
首を傾げるレイチェルに、バーニーが「サイラスが、素敵な人だって?」と驚いてみせる。
レイチェルは「だって、わりとハンサムだし、王立騎士団の団員だし、侯爵家の嫡男でしょ?」と不思議そうにバーニーを見つめ返した。
「なるほどね」
「サイラスがフェリシアと婚約した時は、ガッカリした子も何人かいたのよ?」
「ふうん」
「バーニーの意見は違うの?」
「顔の良し悪しで言ったら、ケヴィンやエイドリアン・ワイスの足元にも及ばないだろうね。あ、僕の足元にも及ばないな」
「え……?」
「バーニーったら」
レイチェルとフェリシアはつい笑ってしまったが、それでも、実際にバーニーのほうが魅力的な顔立ちをしていることは確かだと思った。
王立騎士団のメンバーになるには、容姿も重視される。
騎士団員であるだけで、見た目がいいのは当たり前なのだ。
もう一つの「侯爵家の嫡男」という婚約者としての「魅力」についても、バーニーはいろいろと事情を知っている。
けれど、その点については何も言わなかった。
ただ、「サイラスはプライドの塊だから、扱いが面倒だと思うよ」と言っただけだった。
「フェリシア、待たせてごめん」
早足で近づいてきたケヴィンに、レイチェルがはっと息をのむ。
レイチェルの顔を見たケヴィンは、なぜか一瞬「あっ」と小さく声を上げた。
バーニーが「ウィンター伯爵令嬢のレイチェルだよ」と紹介すると、「知ってる」と言って微笑む。
「よろしく。レイチェル」
「お会いできて光栄です。ケヴィン殿下」
緊張気味のレイチェルに、「殿下はやめてくれ」とケヴィンは笑った。
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