第31話

「本当にメイジーなんかと婚約するのかい?」

「サイラスなら、ほかにもっといい相手が、いくらでもいるだろう?」


 王宮での任務を終えた帰り道、裏通りのカフェでトビーとニールが納得しかねる様子でサイラスに聞いてきた。


「ゴダード家は男爵家だぜ。どう考えたってヘイマー侯爵家に迎える相手として、釣り合わないよ。メイジーがとびきりの美人ならまだわかるけど、なにしろあのメイジーだぜ?」

「何を考えてるんだよ、サイラス」


 サイラスは何も答えられなかった。

 

「ゴダード家はまあまあ資産家だから、婿入りの口としては、悪くないかもしれないけどな」

「僕たちも、少しは考えたよな。メイジーの地味な見た目やビミョーな性格にはウンザリするけど、ともかく身分は安定する。僕たち子爵家の次男になら、条件は悪くない」

「ああ。資産と爵位が継げるなら、メイジーでも我慢するな」


 二人はどこか諦めたように言う。


「僕たちなら、それでいいんだよ。だけどきみは侯爵家の嫡男だろう? 何を好き好んで……」


 今、トビーが言ったことが、まさに理由そのものだ。


 サイラスは心の中で思った。


 ゴダード家がまあまあ資産家だからだ。

 エアハート家と比べたらたいしたことはないが、それでも背に腹は代えられなかった。

 メイジーで手を打つしかなかったのだ。 


 ヘイマー家には後がない。

 限られた時間の中で、援助が見込める相手に取り入る必要があった。


『もとはと言えば、おまえがしっかりフェリシアをつかまえておかないからだ』


 自分が癇癪を起こしてエアハート家との縁を切ったことを棚に上げ、父はサイラスに言った。

 代わりになる娘を早急に探してこいと、無茶なことを押し付けてきたのだ。


(父上は勝手だ。そんなに簡単にいくもんか)


 いくらかつては人気があったとはいえ、フェリシアとの婚約を破棄したばかりのサイラスとすぐに交際してくれる令嬢など、そうそういない。

 よほど相手がいなくて困っている者。

 しかも援助が見込めるような相手となると、メイジーしかいなかったのだ。

 

「フェリシアは何か言ってたけど、メイジーはあれでけっこう詩の評価が高いらしい。宮廷付き詩人を目指してるらしいから、家柄が多少劣っていても構わないと思ったのさ」


 苦し紛れに言ってみる。

 プライドの高いサイラスには、とうてい真実を口にすることはできなかった。


「宮廷付き詩人か……」


 下級貴族の令息たちに王立騎士団という名誉があるように、職業詩人や職業音楽家とともに宮廷で才能を発揮する宮廷付き詩人や宮廷音楽家になることは、貴族の娘にとってとても名誉なことだった。

 大貴族の美しい令嬢でも宮廷詩人にはなりたがる。よい嫁ぎ先に恵まれそうにない、ビミョーな家柄の令嬢にとっては、王立騎士団がそうであるように、一発逆転も狙える憧れの職業なのである。


「まあ、宮廷詩人になれるならね……」

「でも、メイジーじゃどうだろうな。ウィンター伯爵家のレイチェルのほうが才能があるって聞いたぜ」

「それを言ったら、フェリシアも相当なもんだろ。王室選詩集にも選ばれたことがあるし」

「王室から声がかかるとしたら、あの二人じゃないかって噂だけど」


 それこそ、レイチェルのほうがサイラスには合っているのではないかと二人が言う。

 サイラスは首を振った。


「レイチェルはフェリシアと仲がいい。すぐに僕と付き合うことはないだろう」

「それはだろうけど……」

「でも、サイラス。そもそも、どうしてそう急ぐんだい?」


「それは……」


 理由は二つだ。

 婚約を破棄されたのがサイラスのほうだと思われて恥をかくのが嫌だというヘイマー家のプライドの問題がひとつ。それをごまかすために、サイラスのほうにはすでに相手がいると思わせたいのだ。

 もうひとつは、もちろん、すぐに援助が必要だからである。


(それに、レイチェルではだめだ。彼女には兄がいる……)


 財産を継ぐのはその兄だ。


 ヘイマー家の窮状は、当面の援助だけではどうにもならないところまできている。

 一時的な持参金をもらっても焼け石に水なのだ。


『財産そのものを手に入れるんだ。持参金をもらうより、おまえが婿に行ける家を探せ』


 真顔で言う父に、サイラスは言った。


『僕は、長男ですよ?』


 今は援助でしのいで、いずれ弟たちにどこかいい婿入り先を探せばいいではないかと言いたかった。


 だが、もはや金のことしか頭にない父の耳にサイラスの声は届かないようだった。


 思い出すと悔しさがこみあげる。


(なんで、僕ばかりが、こんな苦労をしなきゃいけないんだ……)

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