第30話
十歳のローズマリーの「美意識がない」発言に、バーニーとケヴィン、そしてフェリシアも一瞬呆気に取られた。
しかし、すぐにバーニーが笑いながら同意する。
「確かに、メイジーには美意識というものが欠けている。フェリシアとサイラスのデートについていったって聞いた時は、さすがにビックリしたよ」
「バーニー、それ、一回だけじゃないのよ。メイジーったら、毎回『私も行っていい?』って言って、お姉様たちについていってたの。ほかにお友だちがいないから。でも、お友だちがいないなら一人で本を読んでいたらいいのに。メイジーは、そういうのはみじめだから嫌なんですって。何がみじめなのかよくわかんないけど」
横で聞いていたケヴィンが、「どうして、フェリシアはそれを許したんだい」と聞いた。
これにもローズマリーが先に答える。
「サイラスがいいって言ったし、メイジーはいつも自分を被害者みたいに言うから、お姉様はダメって言いにくかったのよ。横で聞いてたからよく知ってるわ。あんなにみじめっぽく頼まれて断ったら、自分が悪い人になったみたいに思うじゃない」
「でも、デートだろう?」
ケヴィンは呆れたように聞いた。
今度はバーニーが口を挟む。
「要するに、フェリシアは、サイラスなんか好きじゃなかったんだよな」
「そ、そんなことはないわ。あの頃は、それなりに、ちゃんと……」
「みんなから祝福されて羨ましがられたから、婚約者として、それなりに満足してただけだろ? 好きだったら二人きりになりたいものだよ。どうしても二人きりになりたいとか、そういうふうには思わなかったんだよな」
「それは、まあ……。確かに、そうね……。でも、貴族の結婚なんて、そんなものでしょ?」
ここで、バーニーはなぜかバン! とケヴィンの背中を叩いた。
「聞いただろう、ケヴィン。フェリシアは少しもサイラスに未練なんかないよ。そうだろう、フェリシア?」
「え、ええ。未練はないわ。そこは、自信を持って言える」
嫌いだとか、憎いとか、そんな明確な気持ちさえ、今のサイラスには持っていない。
あるとすればメイジーへの嫌悪感にくっついている「おまけ」のような嫌悪感だけだ。
つまり、全体として、どうでもいい。
それに尽きる。
一人で納得していると「フェリシアに相談がある」と、バーニーがにこにこ笑いながら切り出した。
「僕の妻になる話だけど、あれ、ナシにしてもいいかな」
「え……? 唐突ね。いいけど、どうして?」
軽く答えると、バーニーは「いいのかよ……」と少し落ち込む。
フェリシアは笑ってしまった。
「だって、バーニー……。あなたがそんなことを言うのは、何かわけがあるからでしょ? ほかに好きな方がいるのなら、私、ほんとにいいわよ? あなたとは、ずっといいお友だちだったし、これからもお友だちでいられたら、それで十分嬉しいんだけど」
バーニーは、うんと頷く。
「もちろん、ずっと友だちだ」
にっこりと笑ってから、何か重要なことを言うよ、とでもいうように姿勢を正した。
「きみとの婚約を結ばない理由はね、ここにいる僕の親友を、僕が失いたくないからだ」
「ケヴィンを?」
「うん。僕がきみを妻にしたら、こいつ、僕と縁を切るって……」
「えっ?」
驚いてケヴィンを見ると、ケヴィンは「そんな言い方はしていない」と端正な顔を赤らめて訂正を求めた。
「僕にもチャンスをくれと言っただけだ」
ローズマリーがわくわくした顔でバーニーの腕に自分の腕を絡めた。
ケヴィンがカウチから立ち上がり、フェリシアの前に来て跪く。
「フェリシア、僕の妻になってくれないだろうか」
「え……」
「きみが好きなんだ」
「ええっ!?」
フェリシアの詩を読んで、どんな人だろうと思っていた。
バーニーの家のパーティーで会った時に一目ぼれをしたけれど、その時はすでにフェリシアは婚約していた。
一度は諦めようと思ったが、ほかの人を勧められても心が動かず、フェリシアを思い出すたびに、フェリシアも自分のファンだと言ってくれたのにと、悔しい気持ちになった。
そんなことを、少し照れくさそうに顔を赤らめて語り、最後にこう言った。
「バーニーから、きみがサイラスとの婚約を解消したことを聞いた。バーニーの妻になるかもしれないという話と一緒にね。それで、僕は、一度でいいから僕にもチャンスをくれとバーニーに頼んだんだ」
フェリシア、とケヴィンが真摯な瞳を向ける。
深い茶色の優しい瞳をフェリシアも見つめ返した。
「僕と結婚してほしい」
「ケヴィン……」
「正式な申し込みをする前に、きみの気持ちを聞きたい。きみがバーニーとの結婚を望むなら、あるいは僕との結婚を望まないというのなら、今この場で教えて欲しい。その時は、僕は潔く身を引こう」
ケヴィンは第二王子だから、正式な申し込みがあればエアハート家に選択の余地はない。
王室からの結婚の申し出を断ることはできないのだ。
だから、先にフェリシアに気持ちを聞きたいとケヴィンは言っている。
(フェアな人だわ……)
御前試合でのエイドリアン・ワイスとの一戦を思い出す。
王子であるがゆえに、ケヴィン自身が望まない形で力を与えられてしまうことがある。そのことを一番よく知っているのが、ケヴィン自身なのだと、バーニーの家のパーティーでの短い会話の中でフェリシアは知った。
(この人なら、信じられる)
サイラスには抱くことのなかった信頼と愛情が胸に湧き上がるのを感じた。
「ケヴィン、私でよければ、喜んで」
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