第5話
フェリシアと婚約してから、サイラスはよく父を訪ねるようになった。アシュフィールド家のパーティー前日も、父に何か相談に来ていた。
もしかするとフェリシアとデートする回数より、父を訪ねてくる回数のほうが多いかもしれない。
書斎から出てきたサイラスとばったり鉢合わせし、冗談でそんなことを言うと、サイラスは顔を真っ赤にして「大事な用があるんだっ!」と唾を飛ばした。
「何もわからないくせに、口出しするのはやめてくれ」
「口出しをしたつもりはないわ」
困惑しながらもフェリシアは言った。
「私と会うよりも、お父様と会うことのほうが多いわねって言っただけじゃない」
ちょっとした冗談から剣呑な空気になってしまい、フェリシアは心の中でため息を吐いた。
気分を変えるためにお茶に誘うと、サイラスは気まずそうにしつつも、了承してついてきた。
居間の扉を開けると、なぜかそこにはメイジーがいた。
「サイラス!」
「え、あ……、メイジーも来てたのか」
メイジーなら、ほとんど毎日来ている。
いつも、いつの間にかエアハート邸にいるのだ。
ほかに行くところがないから、とメイジーは言う。
自分の家にも居場所がないと言っているが、なぜエアハート侯爵家ならいつでも来て構わなくて、しかもメイジーの居場所があることになるのかはイマイチよくわからなかった。
家の者が何も言わないのは、メイジーはフェリシアに会いに来ていると思っているからだろう。
フェリシアには、メイジーを招いた記憶も何か約束をした覚えも全くないのだけれど。
「サイラス、明日はトビーたちとどこか行くの?」
勝手に侍女にお茶の支度を命じてから、メイジーがサイラスに質問する。
「トビーたちと? どうして?」
「だって、明日はフェリシアとのデートがないでしょ? どうするのかなぁと思って……」
サイラスは特に何も考えていなかったようだが、パーティーのことを思い出したらしく、やや不機嫌になった。
フェリシアを振り向いて、嘆くように言った。
「結局、フェリシアは、バーニーの家のパーティーに行くつもりなんだね」
「前から決まっていたことよ。それに、お父様にも頼まれてるの」
「エアハート侯爵に……。だったら、仕方ないけど……」
別に、そうじゃなくても行くけど。
心の中で思ったけれど、一応、黙っていた。
バーニーはサイラスが言うような人ではないが、今のサイラスにとっては面白くない相手なのだ。
バーニーの人柄については、いずれわかる日が来るだろうから、それまでは、嘘を吐くことまではしないけれど、わざわざ不快にさせるようなことを言う必要はないと思った。
フェリシアなりにサイラスの気持ちを考えたつもりだった。
ところが……。
「フェリシア……、少しは、サイラスの気持ちも考えてあげて……」
メイジーは、責めるような口調で言った。
そして、「私は絶対に行かないわ」と言って、挑むようにフェリシアを睨んだ。
いや、行かないも何も、あなた、招待されてないよね。
前回のデートの時にも思ったことを、頭の中で繰り返す。
というか、あの後もメイジーは、なんとかしてアシュフィールド家のパーティーに呼んでもらえないかと、フェリシアに三回は頼んできた。
父の仕事関係のパーティーだから無理だと言って諦めさせたのだ。
なのに、いったい何を考えてるんだ?
脳内を疑問符でいっぱいにしていると、メイジーはサイラスのほうに大きく身を乗り出した。
地味で大人しい印象が強いメイジーなのだが、時々、妙に動きが大きいことがあって、ビックリする。
「サイラス、だったら私たちは私たちでパーティーを開かない?」
「え……? パ、パーティー?」
「トビーとニールとあなたと私で……」
あまりに唐突な申し出にサイラスも面食らっている。
引きつった笑いを浮かべるサイラスを見て、メイジーは、これまた唐突に肩を落としてうなだれた。
「嫌なら、いいけど……」
小さい目をパチパチ瞬かせ、無理に涙目を作ってサイラスを見上げる。
「私……、お休みの日に一人じゃ寂しいなって……、ちょっと、思っただけなの……」
サイラスは、引きつった顔のまま、不用意にも「別に、嫌ってわけじゃ……」と言ってしまう。
パッと顔を輝かせ、再び身を乗り出すメイジーを見て、フェリシアは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
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