第十章~質疑応答

 リビングに戻ると、光流みつるは変わりない様子で朝食を口に運んでいた。それが無性に腹立たしく思えた。

 テーブルを挟んで彼の向かい側に座り、あたしはトーストを一口かじった。何の味もしなかった。その口の中の個体を無理矢理噛み砕き、喉の中に押し込んだあたしは、心拍数が上がるのを感じながらもそれを悟られないように、ゆっくり静かに口を開いた。

「ねぇ・・・最近、この部屋に誰か入れた?」

「・・・いいや?何で?」

 あたしを見る彼の口が、また少しだけ左に動いた。

 もう絶対にあの女だ、と直感した。

「シーツに、口紅みたいなの着いてたから」

 あたしは心臓が波打つのを感じながらも淡々と答え、コーヒーをすすった。やはり、何の味もしなかった。寧ろ、不味まずかった。

「・・・だったら、何?」

 開き直ったのか、彼も淡々と返事をする。

「だから、それは事実なの?」

「そうだよ」

 無表情でそう言うと彼は、持っていた箸を軽くテーブルの上に放り投げた。対だった箸は、あっちとこっちに分かれて飛んだ。

「・・・あの女、だよね?・・・あの夜、電話してきた元カノ」

「あぁ」

「何で?」

「・・・」

 彼は視線を逸らせていた。あたしは彼をみつめたまま続けた。

「あの夜は迷惑そうにしてたのに・・・何でそんな女を、この部屋に入れたの?おかしくない?」

 言いながら、涙が溢れてきた。

「わかんね」

「何、それ」

「急にここに来たんだよ、あいつ。で・・・つい・・・」

「つい?あたしがいるのに『つい』で別れた女を部屋に上げるの?一緒に眠るの?」

「だーからっ!わかんねぇっつってるじゃん!」

 こっちの方が、意味が解からなかった。

 彼は一体何を考えているのだろう。

「なんか・・・玄関先につっ立ってるあいつ見てたら、可哀相になっちまって・・・つい、上げちゃったんだよ」

「それで、つい・・・身体が?反応しちゃった?」

「・・・」

 涙は溢れてくるのに、顔が笑ってしまう。この矛盾に違和感を覚えながら、あたしは続けた。

「答えてよっ!」

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