第九章~不潔な色

 (どうして嘘ついたんだろう・・・)

 その時のあたしは、光流みつるのその嘘をそこまで重くは受け止めてはいなかった。


 今日は日曜なので、あたしはベッドシーツを洗濯するつもりでいた。

 朝食を摂る為に彼がベッドから起き上がったので、あたしはベッドに近付きながら彼に言った。

「今日、シーツ洗うね」

「あぁ・・・さんきゅっ」

「先、食べてて」

「おぅ」

 

 あたしは、掛布団と敷布団のシーツと枕カバーを外した。飾り気のない彼が選んだアイボリーのシーツは、清潔感に溢れていた。

 外したそれを洗濯機のある脱衣所まで運ぶ。そこであらためてあたしは、いつものようにシーツを自分の顔に押し当てた。彼の体臭が、あたしの嗅覚をひどく刺激した。あたしはこの匂いが大好きだった。

 シーツを無造作に丸め洗濯機に入れようとした、その時。オフホワイトの中に微かに朱色が見えた。

「ん?・・・血?」

 あたしは、シーツに着いた朱い箇所を目に近付けて凝視した。

「え?・・・口紅?」

 血にしてはオレンジがかったそれに鼻を近づけてみたが、匂いはなかった。けれど、どうしてもそれが口紅に思えて仕方なかった。あたしは普段から化粧をしないから、あたしのモノではない。

 途端、心拍数が上昇するのが判った。

 (何?・・・女?・・・もしかして、元カノ?)

 動悸がしてきた。

 (さっきの嘘は「会ってる」って意味・・・だったの?)

 さっきまで清潔に見えたシーツが、急に汚らしく思えてきた。

 吐き気がする。

 あたしは一刻も早くこの不潔な色を消したくて、洗濯機にシーツを投げ込むと、洗剤と柔軟剤をたっぷり入れて回した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る