第八章~癖

 あの日からソレは、光流みつるの部屋の窓のあちら側に居座った。媚茶色の体を左右にくねらせながら這い廻る様は、決して気持ちのいいものではなかった。ロールカーテンを下ろしている時にはその存在を忘れてしまっているのだけれど、ひとたび巻き上げてしまうと、その奇妙な四本の足をパタパタと動かして窓中を所構わず徘徊しているソレが否が応でも目に入る。


「俺、最近、アイツに愛着湧いちゃったりしてんだよね」

 太陽が容赦なく照りつける窓にへばりつくソレをみつめながら、身体をベッドに横たえた彼が言った。

 遅めの朝食の準備をしていたあたしは、目玉焼きやトーストを乗せたプレートをテーブルに置いてから、ソレを見た。

「やだぁ・・・気持ち悪いよ」

「そうかぁ?・・・動き方とか、可愛いじゃん」

 彼は軽く笑って、続けた。

「名前付けよっかなぁ~?」

「やめてよ~」

 言ってから、あたしはキッチンに戻る。

 コーヒーメーカーのポットからカップに珈琲を注ぐと、香ばしい匂いが漂った。

 左右の手にマグカップを持ってリビングに戻ると、ベッドに寝転がったまま、彼はケータイをいじっていた。

「ねぇ・・・あれから1ヶ月くらい経つけど、電話はないの?例の彼女から」

 あたしといる時には二度と掛かっては来なかったので、きっと掛かってはないのだろうな、とは思ったけれど一応訊いてみた。

 彼はちらっとあたしを見てからケータイを枕元に置き、半身だけ起こして答えた。

「ないよ」

 ぶっきらぼうに答えた彼の口元が僅かに左に動いたのを、あたしは見逃さなかった。嘘をつく時、彼は唇に力を入れる癖があった。



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