第四章~ルームミラー

 坂野君は車に近付いた。助手席側の窓をノックすると、雨がしぶくからか、それは10センチ程だけ開けられた。

「河村?・・・どうした?」

「主任に、ここに坂野さんを迎えに行くよう言われたんすよ」

「そっか。悪りぃな・・・実は、知り合いもいるんだけど・・・いいか?N駅まで」

「いいっすよ」

 坂野君は後ろのドアを開け傘を畳み乗り込むと、次にあたしを促した。あたしも差していた傘を閉じ、後に続いた。

「突然、すみません」

 入りながら、運転席に向かって声を掛けた。

「いぇ」

 河村と呼ばれた男は右ウインカーを出しながら、渋滞している道路にするっと巧く入り込んだ。

「主任は?」

 坂野君が、河村と呼んだ男に質問した。

「先で事故があったみたいで、一車線通行になって全く動かなくなったらしいんすよ。で、俺に連絡が」

「そかそか・・・遠回りさせちゃったな、それは。申し訳ない」

「坂野さんにはお世話になってますからね、喜んで。・・・ところで、彼女さんっすかぁ?」

 その言葉に反応して、あたしはルームミラーに視線を飛ばしてしまった。運転する彼と目が合ってしまって、ドキッとした。

「いやいや。高校の時のクラスメートだよ。駅で偶然会ったんだ・・・寺越・・・で、後輩の河村」

 坂野君は、あたし達にあたし達をそんな風に紹介した。

「初めまして・・・なのに、とんだご迷惑をお掛けしてます」

 あたしは恐縮した。

「いいっすよ。N駅、どうせ通るし」

 ぶっきらぼうな口ぶりに、(やっぱり迷惑だったんだ)と思った。

「ぁ、はぃ・・・」

 そう呟いて顔を上げるとまた、ミラー越しに彼と目が合ってしまった。鋭いその眼差しに、あたしはやっぱりドキッとしてしまった。

 

「そうだ、寺越。連絡先、交換しとこうよ。これも何かの縁だし・・・」

 シンとした空気を遮る様に坂野君はそう言いながら、スーツの右ポケットからケータイを取り出した。

「あ、ごめん・・・あたし、持ってないんだ、ケータイ」

「え?」

「えっ?」

 ふたつの声が、綺麗に重なる。

「マジなのか、それは」

 坂野君は、大きな目を更に大きくしてあたしを凝視した。

「うん。だから、家電の番号になっちゃうけど、それでいいなら」

「全然いいっすよ」

 返事をしたのは、坂野君ではなかった。

「おいおい。おまえが返事するなよ~」

 坂野君が半笑いでそう言うと、河村と呼ばれた男は真面目な口調で答えた。

「寺越さん、めっちゃタイプなんすよ、俺」

 

 これが、彼・・・光流みつるとの「運命的な始まり」だった。


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